これは次のことを意味する。楽しむことは思考することにつながるということである。なぜなら、 楽しむことも思考することも、どちらも受け取ることであるからだ。人は楽しみを知っている時、 思考に対して開かれている。
しかも、楽しむためには訓練が必要なのだった。その訓練は物を受け取る能力を拡張する。これは、思考を強制するものを受け取る訓練となる。人は楽しみ、楽しむことを学びながら、ものを考えることができるようになっていくのだ。
これは少しも難しいことではない。
食べることが大好きでそれを楽しんでいる人間は、次第に食べ物について思考するようになる。美味しいものが何で出来ていて、どうすれば美味しくできるのかを考えるようになる。映画が好きでいつも映画を見ている人間は、次第に映画について思考するようになる。これはいったい誰が作った映画なのか、なぜこんなにすばらしいのかを考えるようになる。他にいくらでも例が挙げられよう。
國分功一郎『暇と退屈の倫理学』(新潮社、2021年)