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池袋の新文芸坐で、オールナイトのレオス・カラックス三本立てを見てきた。

オールナイト上映を見るのは初めてだ。子どもの頃、倉本聰のドラマ脚本でそういうシーンを読んだ覚えがあり(『前略おふくろ様』かな)、漠然と「昔はそういう文化があったのだなあ」と思っていたのだが、ひょんなことから今もやっていることを知った。

コロナ禍前、遊泳舎で働いていた頃には、深夜に仕事を終えて六本木ヒルズの TOHO シネマズで1時とか2時からやっているような映画を見ることがあったものの、朝までぶっ通しで三本となるとまた勝手が違うだろう。というか、さすがに寝てしまうだろう。


NiEW の真希さんにその話をすると、

「オールナイト上映は、寝るのも醍醐味です」

と返ってきた。

寝てしまってもよい、というだけでなく、寝ることにもよさがあるという。なんと清々しい心構えであろうか。そういうことであれば、むしろパジャマを着て寝に行ってやろうという気持ちになった。


今回見たのは、『ボーイ・ミーツ・ガール』『汚れた血』『ポンヌフの恋人』の「アレックス」シリーズ三部作。

初めに見た『ボーイ・ミーツ・ガール』は三本のうちで最もストーリーを追いづらかったが、唯一寝ずに見られたのもこの作品だった。動く写真集を眺めているようで、とてもよかった。パーティの最中、キッチンでアレックスとミレーユが横並びになって喋っているシーンが好きだ。僕もこういう写真を撮りたい。


二本目の『汚れた血』、三本目の『ポンヌフの恋人』は、うつらうつらしながら見た。

フランス語なので音声に頼ることができず、話についていくにはずっと字幕を読まなければならないのだが、これがなかなか目に堪える。瞼を閉じると、干からびた目の玉に潤いが戻ってくるようで、実に心地よかった。うとうとしていることで、映画の幻想的な調子もいっそう増して感じられた。

『ポンヌフの恋人』の、アレックスとミシェルが酔っ払って笑いまくり、地面に仰向けになっているところが好きだった。花火と爆竹を背景に、抱き合ってくるくる踊っているシーンも最高だったが、いかにも映画として売れようとしている感じもあって、少しあざとさが鼻についた。(寝ているくせにこういうことは一丁前に言う!)


映画館の椅子はリクライニングではないので、けっして寝やすくはなかった。

休憩時間に、錆びついた身体に油を差すようにして池袋の街を散歩する。連日の長雨で冷やされた深夜の空気を肺に吸い込むのが心地よかった。池袋のやさぐれた街並み、風俗店やラブホテルの看板も、なんだか映画的に見えてくる。

今年の夏が洗い流され、新しい秋がやってきたのがわかった。

さわDの公認会計士試験がひと段落したので、麻布の同期である海野と内野を呼んで、渋谷のタイ料理屋「ガパオ食堂」に集まった。

もともとは七月のさわDの誕生日を祝おうという話だったのだが、試験勉強で忙しいというので先延ばしになり、八月の海野の誕生日を通り越して、九月の内野の誕生日が近づいていた。

もう誰の何を祝ったらいいのか分からない間抜けな状況ではあったが、我々の集まりとしてはよくあることでもあり、また結局のところ集まる口実さえあればいいのだから、大勢に影響はなかった。


店員さんおすすめのソムタムやヤムウンセンをつつき「辛い、辛い!」と喜びながら、さわDの受験奮闘記を聞く。去年リクルートを辞めてから、一日十時間、大学受験のとき以上に勉強する生活を、一年間続けてきたという。

大人になってから勉強に没頭する生活というのはなかなか大変だっただろう。さわDがグビグビと呷っているビールが、とてもうまそうに輝いて見えた。解放の象徴だ。

誕生日おめでとう&試験勉強おつかれ!!

また、ちょうどこの日は僕のグッドパッチ入社日でもあり、会社からそのまま来た僕は、シャツや社章などがたくさん入った紙袋を抱えていた。それを眺めて、さわDが、

「もうイワモトは完全にデザイナーになったんだなあ」

としみじみとした調子で言った。

十五年くらい前、大学在学中のあるときから僕がデザイナーを自称するようになって、やがて先輩の会社に拾われたことでそれは既成事実となった。この三人は、そうなっていく僕を隣で見ていた間柄だ。

一年かけて試験に臨んださわDの話と比べると、同じように専門家になるにしても、ずいぶん違うものだよなあ、ということを話す。

僕のほうはずいぶん成り行きのようだし、勉強をたくさんした覚えもないが、いつでも物を作ることに真面目に取り組んできたつもりだ。さわDはさわDで、僕は僕で、そうやって何かになってきたのだ。


店を出て、もう一軒くらい行くかと話していたら、海野が「まあじゃんがうちたいうちたいうちたいよお」とわめき出したので、文化村通りの「ZOO」に入った。準備運動の半荘を打った後、終電もあるので、サクッと東風戦を打つことにした。


東風戦が始まって早々に、さわDがリーチを仕掛け、そして誤ロンをした。

「まあまあ、飲んでるし、発声だけだしな」

「今日はさわDのお疲れ会だもんな!」

「親番だしアガリ放棄は可哀想だよなあ」

ということで見逃してあげたのだが、その数巡後にさわDがツモり上がる。

跳満、六千オール。全員の表情から、笑顔が六千点分ずつ消えていった。

とはいえ、我々も大人なので、おいおい、ちょっとちょっと〜、困りますよ〜、ふふふふなどと取り繕いながら対局を続けたのだが、そこからさわDは更に立て続けに二回、都合三回の跳満をツモり上がっていった。コールドゲーム成立、解散。容赦ない。

なんやねんそのリーチ

「あれをきちんと咎めてアガリ放棄にしておけばなあ!」

「誰だよさわDに優しくしろっていったヤツは」

「おれはああいうのはきちんとチョンボ扱いにするべきだと思っていたんだ! ルールなんだから! ルールを歪めてはいけないよお!」

帰り道、僕たちはいつまでもぐちぐちと見苦しく悔やんでいた。そして夏の湿った空気が残る道玄坂下で、「まったくふざけやがって、また集まろうな!」と言って別れた。


さわDの合格発表は十一月二十日。受かれよ!!!!

杉並区の公園は、八月いっぱいまで花火ができる。ということで、八月最後の思い出づくりをしてきた。


明寿香が「自分たちはイワモトさんと普通に話すけれど、上の代の先輩たちは少し緊張している」と話していた。

明寿香や大介、唯菜は、僕が大学院にいた頃の学部生だ。僕は一度社会人を経験してから進学したため、彼らとは一回りほど歳が離れている。大学院生というポジションは学部生の縦社会から少し浮いていたこともあり、僕らは互いにフラットに話すようになった。けれど、彼らの先輩にあたる代は、僕と在学期間が重なっておらず、その人たちにとって僕は「先輩の先輩」になる。だからどうしても緊張感が生じるのだという。なるほど、これは面白い発見だった。


僕は、一人の人間が、置かれる文脈によってまったく異なる接され方をしているのを見るのが好きだ。人間関係は少し混沌としている方が美しいと思うし、自分自身もできるだけ多くの相対性が重なり合う場所に身を置いていたいと思う。

中学校の頃、恐る恐る接していた部活の厳しい先輩が、ふらっと現れたOBに小さくなっている姿。同級生の家に遊びに行ったとき、学校でのキャラクターからは想像もつかないような扱いを家族から受けている姿。こういう光景に出会うと、何だか嬉しくなってしまう。平野啓一郎のいう「分人」的なものを実感するからだ。高校時代には、友人が後輩から妙に馴れ馴れしく話しかけられていて不思議に思っていたら、中学時代の元恋人だった、なんてこともあった。

ある人が、高校の友人からは当時のあだ名で呼ばれ、大学の友人からはまた別の呼び名で呼ばれ、職場の同僚からは敬称付きで呼ばれている。そんな光景を目にすると心が躍る。家では子どもから「お父さん」と呼ばれ、パートナーからは聞いているこちらが照れてしまうような愛称で呼ばれているのかもしれない、と想像が広がっていく。

人間は、たったひとつの「本当の自分」という固定された存在を生きているわけではない。誰といるか、どんな関係性の中に立つかによって、立ち現れる人格がくるくると変化していく。相手によって、あるいは時間や場所によって、幾重もの顔を使い分けながら生きている。多面体のように変化するその姿こそが、人間の持つ豊かさなのだと思う。

アメリカから経済制裁を受けた、ICC(国際刑事裁判所)の赤根智子所長の会見を見た。17:40 あたりからの質疑応答がおすすめ。かなり見応えがあった。


赤根所長の態度からは「法の支配を重んじるスタンス」がひしひしと伝わってくる。

繰り返し「ICCは特定の政権と敵対するものではない」と話していて、トランプ政権についても「アメリカが主張するような、ICCが国際法を悪用して独立した国家の主権を奪っているという事実はありません」「従って制裁を受ける理由もありません」と説明するまでだ。

「赤根所長を突き動かすもの、原動力は何ですか」という記者の質問に対して「ICCの法的枠組みの中で全力を尽くすのが裁判官の役目です」「それ以上の特別なものはありません」と答えていたのも、「人よりも法」という意識が感じられる。

もちろんヒロイズムに浸っているとか、英雄視されることを望むようなパフォーマンス的な発言は微塵もない。こういう態度が敬意を集めるんだろうな。


大国による国際法の軽視(ロシアのウクライナ侵攻、中国の南シナ海の領有権主張、アメリカのベネズエラ、イランへの攻撃など)が深刻化し、第二次大戦後のスキームに綻びが生じている。

この状況における必要なのは、カナダのカーニー首相がダボス会議で言っていたような「ミドルパワーの結集」であったり、国際機関のプレゼンスを高めること、法の支配を徹底すること(国家間のパワーバランスに依存しない、恣意の入りにくい制度によって支配されることを目指したい)、各種国際的な枠組みへの加盟国を増やしていくこと、なのだろう。


赤根所長に対する制裁の撤回を求める署名に賛同した。とりあえず今できることとして。

ICCの赤根所長に対する米国による制裁の即時撤回を求めます。日本政府は制裁を拒否し、赤根所長を支持・保護する具体的行動を取ってください。(Change.org)

岩崎桃子の『ぴかぴか』というアルバムがとってもいい。ここ数日、繰り返し聴いている。

真空ジェシカとオズワルドのツーマンライブ「笑い屋キャリー」を見てきた。

野方区民ホールは地下にあるため、電波が入らない。つまり配信ができない。よってオフレコトーク満載の会となり、控えめに言って最高の時間だった。


帰り道、「せっかく野方まで来たのだから」という言い訳を自分にして、野方ホープ本店へ。

大量の油分を摂取する現実から目を背けるようにして若林正恭の小説『青天』を読みはじめる。主人公がクラブのモッシュでムカつく奴らにタックルをしかけるというシーンでグッと引き込まれ、そのまま歩いて高円寺駅の北口広場に移動し、高円寺的な喧騒の中で読み続けた。作中には中央線沿線の街がよく出てくるので、これはなかなかオツな読書体験であったと思う。


『青天』は、他人と距離を置きがちな主人公・アリが、アメフト部での経験を通じて、徐々に他人に「ヒット(アメフトで、相手に体当たりをして衝撃を与えるプレーのこと)」することを覚えていく成長物語。自信をつけていくこと、自分を好きになることが描かれている。

物語の構造として、倫理の教師・岩崎の話と、アメフト部での活動が呼応しているのが特徴的で、よかった。ヤスパースの「彼が彼自身でなければ、私は私自身にはなりえない」という実存的な交わりについて、岩崎は「自分が本当のことを言わないと、他人も本当のことを言わないってこと」と説明する。アリはこれを聞いて、少しずつ部員たちに本音をぶつけるようになっていく。易経の陰陽魚を見せて岩崎が「大きな怖さの中に小さな勇気がある」と説明する場面でも、アリはアメフトの試合中の感覚と重なってハッとする。

最後の方に、カミュのシーシュポスの神話について、アリがアメフトをやっているがゆえの新解釈を生み出し、岩崎を感心させるシーンがあって、このあたりはグッときた。というか、アリと岩崎先生の会話はどれもずっとよかった。RCサクセションの「僕の好きな先生」など、落ちこぼれとそれを気にかけるはぐれものの先生、という関係を見ると「ああいいなあ」と思ってしまう。自分にも同じような経験があるからなのか、それとも割と一般的な感性なのだろうか。


特に一番好きだったやりとりを引用しておく。アリたちは、圧倒的な実力差があり、100%勝てないと思う高校との試合を控えながらも、なぜか一生懸命練習することをやめられない。そんな局面でのやりとり。

「あ……! 前に話したことあったっけ? カミュのシーシュポスの神話の話」

「いえ、多分、聞いてないです」

「神話なんだけど、シーシュポスっていう人が、神々から大きな岩を山のてっぺんまで転がして運ぶっていう罰を受けるのよ。で、シーシュポスは言われた通り、岩をてっぺんまで運ぶんだけど、運んだ途端、岩がまた平原まで落とされちゃう。勝手に落ちるのかな? とにかく落ちる。でも、シーシュポスはこの不条理な労働を運命だと受け入れて、平原まで下りて行って、またてっぺんまで岩を運ぶのよ。何度も何度も。永遠に。運んでも何もならないのに。なんでだと思う?」

「何もならないのに……」リプトンの紙パックの中身はすでに空だった。

「ここからは私の解釈なんだけど、運命、それを神からの制約だとしましょうよ。あなたがその遼西高校に、絶対に勝てない存在であることが運命だとして、それにあなたの意志で抗うことは、たとえその運命が変わらないとしても、自由を行使するということ。運命は神が作った制約だとしても、なぜか運命に抗うことは神も止めることができない。人間に決定権がある。だったら、その自由を行使するってことが、自由に生きるってことなんじゃないかしら?」

「運んでも何もならないのにですか?」

「運んだら何かになることばかり社会も学校も勧めるわよね。でも、たとえば、大学受験の勉強をしている最中に死んでしまったら、その勉強は無意味だったか? もし、無意味だと言う人がいたら、その人はきっと結果の世界の住人よね? でも、もし、勉強そのものが楽しくて、この際もう楽しくなくてもいいわ、主体的にその人が勉強をするんだと決めてやっていたら、ごめんね、物語の結末を言うわね。その人のことを幸せな人だと思わねばならぬ、とカミュは言うのよ」

なんの前触れもなく、突然、蛇口を捻られたように涙が溢れ出した。

岩崎が節くれだった手で机の上のクリネックスを取って、目の前に差し出す。その所作がとても洗練されていて、岩崎の人生でこういうことが何度かあったんだろうなと思った。

「負けるのはわかっていて、それでもあなたの意志で毎朝タイヤを押しているなら、それを自由と呼ぶんじゃないかしら? 自由に生きるってことなんじゃないかしら?」


第二回「鴫原杯」ということで、海野と内野と麻雀を打ってきた。去年の夏に亡くなった鴫原さんを偲ぶという名目で、こうしてときどき十条の鴫原邸に集まって卓を囲んでいる。

年始に開催した第一回のときは、まだ鴫原さんが使っていた仕事道具や生活の欠片が部屋の隅々に残っていたが、今日訪ねるとそれらは綺麗に片づいていた。


鴫原さんの遺影に挨拶し、線香をあげて洗牌をはじめる。

カチャカチャと牌を混ぜながらの近況報告。海野は三歳になった娘とよく侍従川で魚を突いているそうだ。最近は大きなクロダイを獲ったという。内野は長年勤めた塾講師を辞め、小説を書いて文藝賞に応募した。一年くらい無職でぼうっとしようと思っていたらしいが、縁あって家庭教師として一人の受験生を見ているとのこと。

こういうかんじの麻雀が好きだ。僕は麻雀というとフリーが多いので、まず友達と打つのが楽しいというのもあるが、それより何より「手積み」が大事な要素だと思う。自動卓で打っているときよりも会話が生まれる余白が大きい。

局が終わって山を崩し、牌を混ぜ、積み上げているときに、先ほどまでの緊張がほぐれ、短く感想戦が行われたりする。舞台裏とか、楽屋の雰囲気があっていい。やがてその空気がまた自然と戦いの雰囲気に移ろっていくのにも風情を感じる。

フロイトの快原理によれば、生物にとっての快は「興奮量の減少」であり、不快とは「興奮量の増大」であるという(一見、直感に反するところがこの説の面白いところだ)。例えば、性の快楽は、高まった興奮を最大限度まで高めてから一気に解消する「過程」にあると説明されている。オルガズムを得て興奮が一気にさめ、心身が安定した状態へ復帰するまでの一連のプロセスが重要なのだ。この理屈を借りれば、自動卓での麻雀には「興奮量の減少」にあたるフェーズが極めて短く、前局の興奮を引きずったまま次局が開始されてしまうところがよくない、といえるだろう。効率を求めた結果、全体のプロセスを壊してしまっている。

数日前、新宿のジャズバーで Uboat が、タバコを喫う時間やコーヒーをドリップする時間を例に挙げながら「間を生む行為」の価値について話していた。Uboat は「丁寧な暮らしとは、間を生むことである」とも言っていた。こういった行為も、生活の中の「興奮量の減少」を担うパートなのかもしれない。


ハーフタイムになると、さおりさんが鴫原さんの好物だった鮭チャーハンを運んできてくれた。うずらの卵とかぼちゃの煮付け、そして具だくさんの豚汁。鴫原さんの愛した味が、僕たちのお腹を満たしていく。

のんびりと三半荘を打ち終え、そろそろ引き揚げようかと話していると、ざああああと強い雨が降り出した。やがてすぐ近くの空で、ゴロゴロとわざとらしく雷まで鳴り響いてきた。

「高起さんが、みんなを帰したくないんだねえ」

とさおりさんがつぶやき、僕らも「本当に寂しがり屋だからなあ」などと笑う。


しばらくそうして和んでいたが、各々次の予定が迫ってきてしまった。覚悟を決め、雨の中を駅に向かって走り出す。傘は全く役に立たなかった。スニーカーの中が絶望的な冷たさでグショグショに沈んでいくのを感じる。

ふと、まだ鴫原さんが生きているときに、最後にこの家に来た日のことを思い出した。去年の年始のことだ。テツと二人で鍋を食べに来て、鴫原さんに「泊まっていったっていいんだぞ」と誘われたのを二人して固辞し、この道を走って終電に駆け込んだのだった。あの夜、慌てて帰る僕らを見送った後、鴫原さんはどんな夜を過ごしたのだろう。……


電車内で海野と内野と別れ、上野に向かう。3COINS でサンダルを買って履き替え、福田くんとさっちゃんと合流し、御徒町の中華『老酒舗』へ。僕が台湾にいてパーティーに参加できなかったので、あらためて二人の結婚祝い。

会話のなりゆきで、二人が出店予約している11月の文フリに相乗りさせてもらうことになった。福田くんとさっちゃんはそれぞれエッセイ集を販売するという。僕はここ最近撮りためている麻雀牌の写真集を出す。一冊の本にするにはまだ作品数が足りていないので、残り二ヶ月間で追い込まなければならない。


帰りの電車で、おいとこから薦められた川上未映子の短編集『ウィステリアと三人の女たち』を読んだ。

女性の身体に訪れる現実、嫉妬や執着、孤独といった内面の歪みを凝視するような作品だった。ファンタジー的な色合いが強いのに、現実的な話題が続いているのが面白い。正直、当事者としての実感から遠く、ピンとこない心理描写が多かったが、しかし読んでよかったなと感じた。直前まで、福田くんやさっちゃんと「経験を超えたものを想像すること」について話していたからかもしれない。

話のきっかけは「同質的な環境ではなく、多様な経験が得られる場に身を置くことの大切さ」が話題に上がったことだ。要するに、いろいろな経験をすることが大切だよね、という話である。もちろん、その考え自体に異論はない。けれど僕は二人に「自分の関心はもう少し別のところにある」と言った。それは、どうしたら人は「自分が経験したこと」だけに依存せずに考えられるのか、ということだ。

人間が経験できることには、物理的な限界がある。どれだけ多様な場に身を置き、知見を深めたとしても、二つ以上の身体を生きることはできない。例えば、僕は健康な成人男性であり、日本で暮らす日本人である。僕にとって障害を抱える人、女性や異なる性自認を持つ人、あるいは老人や子ども、日本で暮らす外国人が直面する現実は経験できない。

しかし、僕はそれらの立場に立って考えることができる。僕が特別なのではなく、人間には大なり小なりそういったイマジネーション、想像力が備わっている、ということだ。

自らの境界線を飛び越えるための想像力は、小説やドラマ、映画、演劇、漫画といった創作物から受け取ることができる。僕にとって『ウィステリアと三人の女たち』はまさにそういった作品だった。子どもの頃、父に「小説を読んでいると、自分とは違う考え方をする主人公が出てくるだろう。十冊読めば、十通りの考え方が分かる」と言われたことを思い出す。


人は、自分の肉体を超えた想像力を持つことができる。これを共通の前提であり、希望としたい。

これは自戒を込めて書くが、「裕福な育ちには貧困のつらさが分からない」「高学歴には学歴に悩む気持ちが分からない」「男性には女性の苦しみが分からない」と端から決めてかかってはならない。そうした態度は、人の持つ想像力に対する敬意を欠いた振る舞いだと反省されなければならない。

「あなたは経験していないから分からないでしょうね」といった態度の先には、決裂しかない。もちろん、同じ立場になければ、すぐには気づけなかったり、知らずに人を傷つけてしまったりすることはあるだろう。けれど、対話を諦めなければ、相手に想像してもらうチャンスは残されている。

相互理解とは、相手を想像しようという努めることと、相手もまた想像してくれるはずだと信じることによって成り立つのではないだろうか。


Dos Monos のツアーファイナルを観てきた。めっちゃよかった。

圧倒的な美学が駆け抜けていくところに、正面衝突したような衝撃、風圧。とにかくカッコよかった。

全国ツアーの最終日で、喉を気遣いながらラップしている様子だったが、その掠れた声がライブの情念的なものをより一層高めていた。


荘子itの語りはすべてよかった。

「昨日、夜中に車を運転しながら、おれの人生にとって大事な音楽って何かなと思って、小学生のときに兄貴の MD で聴いた BUMP OF CHICKEN の『ユグドラシル』を爆音で聴いたら、涙が止まらなかった」

「おれにとってのバンプと同じように、おれの音楽を楽しみにしてくれている人たちと明日会えるのかと思うと嬉しくってさ」

やっぱ『ユグドラシル』なんだよな。なんなんだろうなあれ。


終演後、一緒に観ていた Uboat と新宿三丁目の中華「九龍」へ流れ込む。腹を満たしてジャズバー「サムライ」へ。

帰り道、チャーリー・パーカーの『Jazz at Massey Hall』を聴いていたら、ヘッドホンから流れてくるライブのノリが今日の Dos Monos とそっくりであることに気づいた。これは発見だ。

「ぶっ殺してやる」という勢いで音を叩きつけ合う。火花が飛び散る。ディジー・ガレスピーのトランペットなんて、まるで TaiTan のラップと瓜二つじゃないか。

最近のオススメ漫画を開陳!


ウリッコ(殺野高菜/大森かなた)

https://pocket.shonenmagazine.com/title/03181/episode/433755

新宿・歌舞伎町のインターネットカフェを拠点に売春で日銭を稼ぐ少女が、漫画家を目指して奮闘する物語。創作の苛立ちや絶望、どっぷりハマっていく姿がめっちゃいい。


IGCガール(東和広)

https://comic-days.com/episode/12207421983770084607

授業をサボってゲームばかりしている女子高生が、自作ゲーム賞の落選をきっかけに本格的なインディーゲーム制作に挑む物語。これも創作に没頭していくときの心理描写がめっちゃ好き。『映像研には手を出すな』に通じるものがある。


島ロック(まの瀬/みはる)

https://shonenjumpplus.com/episode/17107094913049139528

過去のトラウマからバンドを辞めた少年が、離島での一人暮らしとクラスメートとの出会いを通じて再び音楽に向き合うバンド漫画。ジャンプ+はこういうサンデーとかアフタヌーンにあったような優しい漫画が載るのがいい。


ふたりバス(豊林サカネ)

https://www.sunday-webry.com/episode/2551460909779976003

別々の中学に進んで疎遠になっていた中学2年生の男女が、通学のバス車内での小さなきっかけから再び距離を縮めていくラブコメ。なんでこれが好きなのか自分でもよく分からないが、とにかくいい。

今朝、横浜高校の渡辺元智元監督が亡くなったという記事を読み、夕方 YouTube を開くと、甲子園で横浜高校が6-0で花巻東を破ってベスト4進出を決めたという動画が流れてきた。織田翔希というスターの存在もあり、今年の甲子園大会はまるで横浜高校の物語のようだ。準決勝は8月20日、横浜-智弁和歌山、天理-健大高崎。

昨日は、内野と木立と『悲情城市』を見た。月イチで集まってやっている映画鑑賞会で、白金台にある木立の家に泊まる形で開催している。内野が台湾映画にハマっている時期に始まったこともあり、「台湾ニューシネマを学ぼう」的な雰囲気でやっているが、内野がそういう目的性の高いノリを嫌っているので、ひとまず「なんとなく集まって映画を見る会」ということになっている。


『悲情城市』は、日本の統治が終わった直後の混迷期を生きる「林家」の人たちを通して台湾を描いた、ホウ・シャオシェン(侯孝賢)の傑作だ。以下、感想メモ。

  • 映画は、台湾が持つ複雑なアイデンティティを見事に描いているように感じた。名作だといわれるのも頷ける。説明的な描写が少なく登場人物の名前も覚えづらいため、危うく物語を見失いそうになったのだが、途中から映像を一時停止して相関図を確認したり、副音声的にみんなで話しながら観ることで事なきを得た。

  • 僕には多くの台湾人の友人がいるが、そのルーツは内省人、外省人、原住民と様々で、それらが血縁や関わりの中で複雑に交差し、一人ひとりの内に固有の文脈を作り出している。作中で内省人と外省人との関わりや、原住民らしき人が出てくると、友人たちの顔が次々と浮かんできて、彼らのことを思ったりした。

  • 日本で台湾が語られる場面では、よく「親日」という言葉が使われるが、それは複雑な関係性の「結果として」表面に浮き出てきたものに過ぎない。いわば、瓶の蓋に書かれたラベルのようなものだ。蓋を開けたその中には、夥しいほどの生活が詰まっていて、『悲情城市』で描かれる林家の物語には、その一例を見た気がした。

  • 台湾で僕を泊めてくれているユーシュエンという友人がいるのだが、正月に彼女の実家に遊びにいったとき、日本の植民地時代を生きたユーシュエンのお爺さんと話をした。彼とその家族がどのように生きてきたか、という話を聞いた時も、蓋の中のものを覗いた気がした。

  • 蓋の中にあるものを、なるべく多くこの目で見ておきたいと思う。

  • そういえば、『悲情城市』の冒頭で「ふるさと」が歌われる場面があったが(兎追いし、彼の山〜)、ユーシュエンのお爺さんが僕に「僕は日本の歌を覚えているよ」と言って歌ってくれたのもこの「ふるさと」だった。場をわきまえず大声で歌うお爺さんに、ユーシュエンの家族は困り顔だったが、僕はその時何故か涙が止まらなかった。

  • 鑑賞後、内野と木立に台湾と日本の関係性についていくつか喋ったのだが、ずっとスベッているような感覚があった。歴史を概論として語ってしまうと、そこにあったはずの個人の物語が滑り落ちてしまう。歴史とは当然無数の「個人的な体験の集積」であるはずなのだが、それを一つひとつ言葉にして伝えるのは不可能だ。だから象徴的な物語を創作し、そこに気配を込め、どうにか伝わることに賭けるしかない。それがまさにこの映画のような存在なのだろう、というようなことを帰ってきてから考えた。

  • 役者について。圧倒的な存在感を放つ四男役のトニー・レオンもさることながら、僕は長男を演じた役者がいいなと思った。陳松勇(チェン・ソンヨン)という役者らしい。フーテンの寅さんや、ミルクボーイの内海のような見た目で、独特の愛おしさがあった。彼が刺された場面の次に鳥が空を飛ぶカットが入り、これはちいかわ的な死のメタファーだと思うのだが、これって映画技法的によくあるやつ、というか何か元ネタがあるものなのだろうか。


深圳から一時帰国したケースケくんと、高円寺駅のガード下でケバブを食べながら路上ライブを見た。


「すず佳」という女性が歌う「いいんだぜ」という曲がよかった。なんというか、擦り切れた生活から滲み出てきたような優しさが詰まっていた。

いいんだぜ いいんだぜ
いいんだぜ いいんだぜ
君がドメクラでも ドチンバでも
小児マヒでも どんなカタワでも

いいんだぜ いいんだぜ
いいんだぜ いいんだぜ
君が鬱病で 分裂で
脅迫観念症で どんなキチガイでも

いいんだぜ いいんだぜ
いいんだぜ いいんだぜ
君がクラミジアで ヘルペスで
梅毒で エイズでも おれはやってやるぜ
なでてあげる なめてあげる
ブチ込んでやるぜ

いいんだぜ いいんだぜ

すず佳さんは相当酔っていて、ほとんどヤケクソのように歌っていたのだが、それがまためちゃくちゃよかった。酔っ払ってこの曲を歌うなら、高円寺のガード下よりいいステージはないだろう!

曲を歌う前の流れからして「カバー曲なんだろうな」と思っていて、帰ってきて調べたら「作詞・作曲:中島らも」だった。ちょうど数日前に『今夜、すべてのバーで』を読んだばかりだったので、妙な縁を感じた。

Uboat とその友人たちと麻雀を打っていて、

「子どもに『こんなものに興味を持たせたい』とかあります?」

と誰かが尋ねた時、Uboat が間髪入れずに、

「それは子どもに『どんな呪いをかけたいか』って話やな」

と切り返していて痺れた。ほんまやな。

僕が使っている「小杉湯となり」というコワーキングスペースには、会員が自由に飲めるフリードリンクのサービスがある。

そこで、僕がカップに三分の一ほどコーヒーを注ぎ、さらに迷いなく冷水を注ぎ足して薄めていると、後ろに並んでいた人にギョッとされることがある。めざといスタッフに見つかったときなどは、「ごめんなさい、コーヒー濃すぎましたか……?」と申し訳なさそうな顔で心配されてしまったりする。


コーヒーの水割り、いわゆる「アメリカン」をよく飲むようになったのは、今年の六月に韓国で生活をしてからだ。

韓国はコーヒーの国である。僕が暮らしていたのはソウルから電車で一時間以上揺られた郊外の町だったが、そんな町ですら徒歩圏内に十数軒のコーヒーショップが乱立していた。

こういう店で町の人が飲むのは「アイスアメリカーノ」と決まっており、僕もそれに倣うようにしていた。気候が二十五度前後に差し掛かる初夏の頃、散歩して火照った身体にあの冷たい液体を流し込むのは最高の涼だった。薄いアメリカンだからこそ、大きなサイズでがぶがぶと煽っても、カフェインの悪酔いを起こさずに済む。そうやって気になるカフェをハシゴしていると、この町をいくらでも歩いていけるような気した。


コーヒーを水で割るのは、アイスコーヒーに限った話ではない。当時、お世話になっていたホームステイ先では、毎朝ホストファミリーのお婆さんが朝食と一緒にドリップコーヒーを用意してくれた。大きなサーバーからカップへ注いでくれるのだが、お婆さんはそのまま僕に渡すのではなく、そこに当然のような顔でお湯をなみなみと足してから手渡してくれるのだ。日本の喫茶店で出てくるアメリカンを、さらに半分に割ったくらいの薄さである。

「これではコーヒーの香りがついた白湯では……」と困惑したが、それを啜りながらお婆さんの話を聞いていると、コーヒーの風味だけがスイスイと僕の喉を通っていく。まるで水と同じように体の中にすーっと吸い込まれていくようだ。引っかかるノイズが何ひとつない。気づけば何杯もおかわりしてしまっていて、数日経った頃にはその頼りない薄味がすっかりクセになっていた。


韓国での滞在中、日曜日にはなるべく近所の教会に足を運ぶようにしていた。信徒にはなり損ねたものの、十代の頃にミッションスクールで習っていた聖書や讃美歌は、旅先で思いがけず役に立っている。教会に行けばタダで食事にありつけるし、地元の人たちとも打ち解けやすい。異国の町で手っ取り早く居場所を作るのに、これ以上の方法はなかった。

ある日、教会の食堂で顔なじみになった男性と立ち話をしていると、彼は慣れた手つきでコーヒーメーカーからカップへ数センチほど注ぎ、軽く匂いを嗅ぐと、隣に置かれた寸胴のステンレスキーパーからコックをクイッとひねって躊躇なく水を注ぎ足した。会話を途切れさせることなく、あまりにも自然に行われたその一連の動作に、僕は思わず言葉を忘れて見入ってしまった。

それ以来、僕もその所作を真似するようになったのだが、サッと手早く好みの味を作るのはなかなか難しい。そもそも、ベースとなるコーヒーの濃さが日によって変わる。だから、まずカップの底に少しだけコーヒーを注ぎ、一口舐めて味を確かめてから、コーヒーや水を注ぎ足す。慣れれば香りを嗅ぐだけで判別できるのだろうが、その域は遥か先だ。

もちろん味だけではなく、所作としての美しさも求めたい。僕が見た男性の仕草には「粋」を感じさせるものがあった。ゆっくりと、しかし迷いなく行うこと。あまり丁寧に味を調整している感じが出るとダサい。印象としては、雑然とした動作なのだ。できれば「生まれてこの方ずっとこうして飲んでます」というかんじを目指したい。そうして練習を重ねて、納得のいく一杯が作れるようになってくると、僕は自分の身体がこの町に馴染んでいることに気がついた。

滞在中、韓国語は一向に上達しなかったので、これだけが僕が韓国で習得した唯一の技術といえるだろう。それを忘れてしまわぬよう、今でも毎日コーヒーの水割りを作って飲んでいる。

ピーチ子が「のど自慢」に出て審査員賞を受賞していた。

どんな形であれ、大学の友達が活躍しているのを見るのはいいよな。

なんか今日いい一日だったなって思える。

Ray の誕生日なのでおめたん LINE をすると、絢瑛と入籍したと返事が来た。おめでとう!

この一週間で、大野くんから「プロポーズしました!」と連絡があり、美穂子からも入籍したという知らせが届いた。少し前には加藤真悟も結婚した。いわゆる「結婚ラッシュ」的な波が少し下の代で起きている。とりあえず「式でも何でも力になれることがあれば言ってくれ!」と話している。

かつて一緒に夜通し酒を飲んで笑い転げていた友人たちが、それぞれの生活を選び取り、人生の新しい局面を迎えていく。その報告を受け取るたびに、友達が遠くへ行ってしまうような寂しさを感じてしまうけれど(そんなことは全くないはずなのだけど)、こういうモラトリアムの終わりを一匙ずつ受け取って、それを自分の皮膚になじませるようにして年輪を重ねていくのが人生なんだろうと思う。というか、こういう寂しさや切なさも含めて味わえる人生でよかった。みんな、どうか幸せになってくれ!

夜、高円寺駅に着くと、台湾から遊びに来ているエリアルから「ラーメンを食べたい」と連絡が入ったので、北口のロータリーで待ち合わせることに。

エリアルを待つ間、ロータリーでキガさんというチリ人と出会い、何故か意気投合して一緒にシャボン玉を飛ばして遊ぶというピースな時間を過ごす。

キガさんが『HUNTER×HUNTER』の暗黒大陸編をスペイン語訳で読んでいると言うので、「ほんまかいな」と思って少し突っ込んだ質問をしてみると、僕なんかより遥かに内容の理解が深くて(というか僕は暗黒大陸編について何も理解していないのだが)ただただ脱帽した。完全に侮っていた。非礼を詫び、自分に無自覚な偏見があることを反省する。


エリアルと合流して「どんなラーメンが食べたいの?」と尋ねると、絶賛『ちいかわ』にハマっている彼女は目を輝かせながら、

『郎』が食べてみたいです」

と、不穏なリクエストを口にする。

試しに別のラーメン屋を候補に挙げて煙に巻こうとしたが、エリアルのキラキラした眼差しには抗えず、腹を括って南口の「らーめん大」へと向かうことにした。思いがけず二郎系に駆け込む土曜日の24時半。しびれる。

着丼。御多分に洩れず普通サイズでもかなりの量で、モデルのようにスリムなエリアルは食べきれないのではないかとハラハラしたが、まったくの杞憂だった。エリアルは箸を止めず、山盛りの野菜も麺もペロリと平らげてしまった。またしても侮っていた。申し訳ない。

僕は感心しつつ、店のおっちゃんに「彼女は台湾から来たのだ」という話をすると、おっちゃんは嬉しそうに目を細めていた。エリアルもなんだか誇らしそうだった。ニンニクと醤油の匂いが充満する狭い店内に、あたたかい満足感が漂っていた。


夜風の吹く帰り道、「初めての二郎はどうだった?」と聞いてみると、エリアルは晴れやかな顔で、

「疲れました」

と笑っていた。

久しぶりに、納期の迫った仕事をひとつも抱えずに迎えた金曜の夜だ。(もしこれを読んでいる人で、僕に何かを依頼している方がいたらごめんなさい。見なかったことにしてください。)

あまりの開放感に浮かれてしまい、夕方から新宿を歩いて目についた雀荘に入って東風戦を四回打った。それから高円寺まで戻り、中華屋「福来門」(南口の方)で上海炒麺を平らげ、餃子をつつきながら深夜までダラダラと居座る。

鴫原さんが亡くなって今日で一年だ。亡くなったのは明け方だったはずなので、去年の今頃はもうこの世にいなかったのか、とか、死んでからの一年で夢に出てきたのは一回だけだったな、とか、大して意味のないことを考えたりした。

いくつか読みかけの本があるものの、あまり新しい活字を頭に入れる気になれず、あてもなく Kindle ライブラリをスクロールしていると、かなり前のセールで買っておいた中島らもの『今夜、すべてのバーで』が目に留まった。もうすっかり酒客としての生活からは遠ざかってしまったけれど、今夜の読み物としてはちょうどいいと思った。

読み始めてすぐに、アルコール依存症で特別病棟に入院している主人公の年齢が三十五歳だと知って、思わず腰を抜かした。こいつ僕より若いのかよ。

以前この本を読んだのは、確か中学生か高校生の頃だ。少なくとも僕がまだ酒の味を知らなかった頃なので、恐らく二十年以上も前のことだと思う。当時は「とんでもなく破天荒なオッサンの話」として面白がっていたが、今回は、

「まだ若いのに、こんなところまでいってしまったのか……」

と、作中に登場する医師や看護士たちと同じように痛々しい気持ちになってしまった。

新宿バルト9で、アンナとエリアルと『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』を観てきた。台湾から観光に来ているエリアルは、四日前に台湾で翻訳版を観ており、早くも二回目の鑑賞だという。狂気。

(新宿、めちゃくちゃ上映してた)


映画の内容は完全に原作通り。うさぎのラップパートがアニメーションならではの表現で手厚く作り込まれていたのがよかった。観ていて気持ちよかった。

物語について。これは漫画を読んでいたときも思ったのだけれど、ちいかわが身内の不正義を見逃してしまうのを「優しい心」や「物分かりのいい態度」として描くのは、いかにも閉鎖的な村社会の醜悪さを表しているように思う。

人魚を食べた真犯人がヒトハとフタバであるという決定的な真相を掴んでおきながら、ちいかわはそれを明るみに出さず、事実を隠蔽して黙り込む。そしてあろうことか、犯人を差し出せと迫るセイレーンをみんなで攻撃して追い払い(その過程で身内は連帯・結束し)、「めでたしめでたし」と一件落着にしてしまう。

「自分たちの身内の空気や関係性を守ること」を最優先し、波風を立てない保身や隠蔽が、いつの間にか「優しさ」へとすり替わっていく。そしてそれをノスタルジックな音楽と美しい情景で包み込んでなんとなくいいかんじにして癒やしてしまうのは、なかなかにグロテスクじゃないか。


少し視点を変えて? もう一つ。

救いのない過酷な世界の中に愛くるしいキャラクターを放り込んで、その報われない生き様や困惑する姿を眺めて喜んでしまうのは、間違いなく嗜虐的な快楽の一つだ。「ちいかわ」という作品が、人間のそういう「可愛いものが困っている姿を見たい」という加害欲求、いわゆる「キュートアグレッション」を巧みに刺激してくるコンテンツであることは、あまり疑いの余地がないと思う。(この「嗜虐的な快楽」と、日々の理不尽な労働に耐える自分自身をちいかわ達に見立てて宥める「自傷的なケア」の奇妙な共存こそが「ちいかわ」という作品の最大の特徴。)

気にかかるのは、これを「深い話だ」「考えさせられる」と大真面目に頷き合っている世間の空気感だ。自分たちが俗な欲望(ポルノ)を消費しているという事実から、無意識に目を背けているように見える。これは、AVを観てシコっているだけなのに、そのシナリオや演出に難解な解釈を持ち出して「これは人間の生々しい本質に迫った芸術作品だ」などと語ったりすることで己の欲望を公然化しようとする(僕がよくやっていることです)心理に似ていると思う。

別に、ちいかわを深イイ話だとほめそやすのも、AVを芸術として捉えるのも個人の自由だし、それ自体を否定するつもりはないのだけれど、ただ、本質的にはかなり生臭くていやらしい人間の欲求に根ざしたポルノ的な消費だよね、というところは確認しておきたい。それをみんなして哲学的な寓話としてありがたがっている光景はちょっと不気味じゃないかいと思っているのだけど、どうだろう。

NiEW のオフィスで打ち合わせをした後、そのまま会議室を借りて作業させてもらっていると、柴田さんがかわいい漫画を持ってきてくれた。

『別冊よすみ(第二集)』


『別冊よすみ』は、SORAJIMA という出版社の中に作られた漫画編集部「よすみ」が発行している紙の作品集だ。

パラパラとページをめくってみると、そこに載っていたのはいわゆる典型的な商業漫画の形式からは少し浮いた、なんともいえない人間の「分かりづらさ」や生活のざらつきをそのまま残したような作品ばかりだった。漫画家だけではなく、歌人やエッセイスト、劇作家といった人たちが、カルチャーの境目を軽々越境してきたようなかんじでコラムや短歌を寄せていたりする。

世の中のあらゆるものが「わかりやすさ」にどんどん回収されていく中で、こういう不器用なものに触れると、無性に頼もしく、愛おしく、救われるような気持ちになる。

その後、柴田さんに身の上話なものを聞いてもらったりしたのだけど、そういった雑談も含めて、今日は救われるような時間が多かったと思う。つまりめちゃくちゃいい一日だった。


29歳の「よすみ」編集長インタビュー 演劇、批評畑から漫画編集部を立ち上げた意思(NiIEW)

ABCラジオ「こたけ正義感の聞けば無罪」を聴いていたら、ゲストに大島育宙が出ていて、自著『なぜあなたの感想はふつうなのか 独自の視点で語る技術』について喋っていた。

大島が言うには「感想を話す」というのは別に映画や小説といった話題に限った話ではないらしい。友達とご飯を食べに行ったときとか、誰かからちょっとしたお土産をもらったときのような場面での会話のことも想定しているのだという。そういうコミュニケーションにおいて「感想を話す技術」をどんどん活用していってほしい、感想を語る術がないと人間は「悪口か謙遜に逃げてしまうから」と話していた。この本に何が書かれているのか知らないが、この指摘についてはマジでその通りだなと思い、というか思い当たる節がありすぎて、皿洗いの手を止めてしまった。そして流れるような手つきで当該書籍をポチった。


「感想」といえば、今日青木宏治さんの ZINE 『Open Be-in 運動』を読んでいて、いいなと思う一節を見つけた。

表現はよき受け手がいるところでのみ、育つ。制作者としてやりたいことはなくても、美術を愛するもの達は多くいるだろう。良き受け手になろう。ここがいいとか悪いとか偉そうに話すのもそれはそれで一興だが、それよりもむしろ、見たままのプロセスをそのまま伝えてあげると、きっと作家の何かの役に立つだろう。最初は何がなんだか分からなかった、とか、ここに注目して見て、こんな風に感じ、解釈した、とか。作家の意図とは正反対に解釈している場合でも、何の問題もない。作家は伝え方について反省をするだろうから。電子メールでのアンケートにおいて、作家から返信が返って来ると、鑑賞者は見落としていた部分の指摘を受けたりできて、互いにとって有益。ただし、アートは生易しいものではないため、作品や感想の交流の中で互いが互いを深く傷つけあう場合もある。ネガティブな印象を作品から受けた場合のアンケート実践はどうするべきか。罵詈雑言飛ばしたいのだが、ぐっとこらえたまま、いまだ答えは見つからない。良き受け手への道は険しい。とはいえ、没交渉の死んだ沈黙こそが、文化振興にとっての最大の敵。この認識からはじめよう。

「ここがいいとか悪いとか偉そうに話すのもそれはそれで一興だが、それよりもむしろ、見たままのプロセスをそのまま伝えてあげる」というのが、最近の僕に対する大きな指南のように思えた。

ここ数日僕は Chooning にフジロックの感想を書きかけて止まっていたり、最近見た映画だと『FUJIKO』や『急に具合が悪くなる』『海辺の一日』あたりについても書きたいと思いつつ、しかしなかなか書き出せずにいた。が、「見たままのプロセスをそのまま伝えるように書く」と想像したとき、ああなんかスルスル書けそうだなという気がしたのだ。

明日からスルスル書くぞ、書くぞ。

夜、高円寺駅北口のロータリーに「フリー哲学」と書かれた看板を出してる男性がいた。

彼の前には小太りの明らかな酔っ払いのオッチャンが立っていて、フリー哲学の人はそのオッチャンの話に大きく頷きながらめちゃくちゃ丁寧に話を聞いているようだった。というか、フリー哲学などと書いてあるからそれは辛うじて「傾聴の姿勢」に見えたものの、看板がなければ気のよさそうな人が酔っ払いに絡まれているようにしか見えなかっただろう。

看板の脇には「自由に読んでください」的な本が並べられており、覗き込んでみると、少し気になっていた本屋メガホンの『ケアをクィアする』が置かれていた。僕は酔っ払いに絡まれないように細心の注意を払いながらにじり寄っていき「これ、読んでいいすか」と声をかけてみたのだった。が、なんやかんやあって気づけば酔っ払いのおっちゃんも含めて僕たち三人は一時間もその場で話し込んでしまった。


別れ際、フリー哲学の人こと青木さんから『Open Be-in 運動』と題された ZINE をもらった。そしていま向かいのデニーズに入り、ドリンクを飲みながらページをめくっているのだが、ちょっとその内容に圧倒されてしまっている。

ここに書かれているのは、青木さんがなぜ路上に立ち「フリー哲学」なんてものを始めるに至ったのかという、剥き出しで切実な生の告白だ。

43歳、非正規雇用の極貧生活、孤独。中年になってアートを商品として売る才能もなく、かといって趣味と割り切ることもできない。葛藤の果てに青木さんが行き着いたのは、表現活動を「政治化=社会運動化」することだった。そうして表現という行為そのものを社会の中に無理やりにでも位置づけ、この生きづらい世界で己のアートを生き残らせるための試みを行なっているのだという。

かつてブルーハーツの狂おしいステージやビート文学に救われた青木さんにとって、表現とは個人の最も奥深い部分を曝け出す「切実な自己解放」そのものだった。けれど、今の社会には本当の自分を開示し、本音を受け止めてもらえる場が圧倒的に足りない。だからこそ、青木さんは自分の足で路上に立ち続けたり、こうした ZINE を作ったりしている。

ページには、青木さんが日常のあらゆる隙間に仕掛けようとしている、驚くほど具体的で泥臭い実践のアイデアがびっしりと並んでいる。それらはどれも、効率や生産性を求める社会の中で孤独に押し込められ、声を失ってしまった人々の「存在」と「声」を取り戻すための切実な抵抗の希望のように見えた。

数日前に唯我くんから送られてきた PK shampoo のブログを何度も読み返してしまう。文章の勢いがいい。雑に書かれているようだが、引き込まれ、読ませられる。特に後半の思考の反芻をそのまま垂れ流しているようなところが好きだ。

https://pkshampoo.jp/%e4%b8%83%e6%9c%88/

俺は昔、家に居場所がなくて学校も大嫌いで、気質的に欲しいものも買いたいものも全然ないタイプだから働くことにも絶望的に向いてない自分にほとほと嫌気がさしてたけど、頼んでもないのに私はあなたの味方だよ、学校なんて辛かったら行かなくてもいいんだよ、みたいことを言いながら猫撫で声で擦り寄ってくるタレントやミュージシャンには絶対感化されたくなかったし、だからどんなにクソな人間関係や教育制度の荒波に飲まれようと真っ向から学校を卒業して絶対に社会に迷惑をかけてやるぞと目を閉じ耳を塞ぎ息を止めながら青春時代を早足で歩き抜けたのだが、このバンドはやっぱりその先というか道中で、つまりはどうしようもない大学生活の中で偶然出会った俺以上にバカな奴らとの縁で出来上がったものだし、アレは嫌だ!コレは失敗だ!とかgdgd言いながらでもとにかく続けてたらやっぱりその先というか道中で何か素晴らしいものに出会えるかもなあ、なんてことをぼんやり期待したりもする。まぁ実際にはこの先おもしろいことなんて何一つなくて、サルに当たりの確率下がっていくボタンを押させまくる実験みたいな状態に陥ってるのかもしれないし、さっさと関西戻ってレコードかけれるBARでもやりてえなあ、と三日に一回くらいは思うけど、それでも月に一回くらいは、たとえば今回のZepp DiverCityの時なんかは、やっぱり続けてて良かったなあと思ったりするものだ。

最近、食べかけの食事の写真ばかり撮っている。

食べる者にとって、食事のピークは決して盛り付けられた瞬間ではない。そこから食べ進め、形が崩れていくプロセスこそが行為の核心なのだから、そこを写真に残す方がおもしろいな、と気づいたのだった。

食べかけの皿を眺めていると、誰かがそこにいて、空腹を満たすような幸せな時間を過ごしたことが想像できる。それがとてもいい。

熊本地震の件で、台湾や韓国の友人たちから安否確認の連絡が届く。

「熊本と東京は900キロ近く離れているから」と説明しようとしたが、外国から僕の身を案じてくれた連絡に対してそれはなんだか無粋な気もしたので「I'm safe!」とだけ返していく。

熊本で震度7の地震。料理部の後輩で、湯前町に住むさっちゃんに連絡をする。

湯前は震度5弱だったが、少なくともさっちゃんの周りでは被害はほぼなく、電気ガス水道などのインフラも通ってるので、逼迫した事態ではないとのこと。高速道路が壊れてしまって通行止めになっているようなので、今後の物流が少し心配ではあるものの、ひとまず安心してくださいとのこと。

作家・東野圭吾が亡くなった。

TikTok の画面をスクロールしていると、一本の動画が流れてきた。菊池寛賞の贈呈式での一幕だった。

壇上の東野が、伊集院静から掛けられた言葉を振り返る。

「あんたと選考やるの楽しかったんだよ。だってあんたさ、話しているうちに意見変えるもんな。だから話しがいがあるんだよ。他の連中はさ、マルったらマルのままだろう。バツったらバツのままだろう。でもあんたはさ、マルが急にバツになったり、バツがマルになったりするからな。それがいいんだ。話しがいがあるんだ。」

そのエピソードを引きながら、東野は次のように語った。

「大変嬉しかったです。なぜならそんな風にコロコロ意見や考えを変えるのは私の得意技だからです。日本は政治家を筆頭にいったん言い出したら意見を変えちゃいけない。考えを変えたら恥だというような雰囲気があるような気がします。そんなことはないです。原発を勉強して危ないなと思ったら賛成から反対に転じて大いに結構じゃないですか。いくらでも意見変えて、そうしないと、話し合いって進まないじゃないですか。」

最後に、こう言葉を結ぶ。

「人間は変わったほうがドラマチックです。そうやって肩の力を抜いてどんどん変化して生きていきましょう。」

昨日書いたブログを読んだ友人から、「Onga9」を作っているのはてけしゅんだよ、というLINEがあった。つよすぎる。勘弁してくれ。

メールをチェックしていたら、「yoyn」のアップデート情報が届いていて、レビュー機能(星をつけるやつ)がなくても投稿できるようにしました!と書かれていた。ちょ……それはまったくシッカリ競合しますやん。また、お金を払ってサービスを支えるサポーター機能もリリースしたとのこと。これはまさに今作っているChooningのリニューアル版に実装していた機能で、完全に先を越されている。

もともと、ビジョンに「yoynは、音楽をただ消費するだけでなく、聴き終えた後の『余韻』を言葉にして共有するための場所です」と書かれていたので、根本にある思いはChooningと近いんだろうなと思っていた。そしてそれは批評とかレビューとは相性が悪いんじゃないかなあと思っていたのだけど、恐ろしいスピードでアプローチを修正してきている。

唯我くんからのLINEで、「yoyn」 というサービスがリリースされていることを教えてもらう。日本版Rate Your Musicを目指すプロジェクトらしい。おそらく、ここ数ヶ月の音楽と批評に関する議論の延長で生まれたものなのだろう。Chooningは批評的なコンテンツを主眼に置いたものではないけれど、そういう目的でChooningを使っている人はいるだろうし、競合するところがある。

「yoyn」についてググっていたら、ほぼ同じ時期(同日?)に「Onga9」というサービスが出ているのを見つけた。こっちについては結構モロにChooningと競合している。うーむ。

これまで競合が出てきてもあまり焦るようなことはなかったのだけど、「yoyn」も「Onga9」も出来がよくて普通に焦る。たぶんエンジニアとかデザイナーの手によるものではないと思うんだけど、しかし十分にモノがいい。これがAI時代か。

いまインスタ見てたら「chelmico活動停止」って投稿が表示されて「え!?」と思った瞬間にアプリが落ちて眼の前が真っ暗になった感がすごかった

Cursorへの課金が、いよいよもって止まらない。

これまでは、月額60ドルの「Pro+」プランをベースに、足りなくなったら都度払いするという小市民的スタイルで凌いできた。しかし、現実は非情である。10ドル、また10ドルと積み重なる課金も、AIの計算資源の前では焼け石に水であった。そして今日、今週四度目となる「You've hit your usage limit」のアラートが画面に表示されたとき、嗚呼、これが年貢の納め時というものか、と僕は静かにまぶたを閉じ、「Ultra」プランへのアップデートボタンを押し込んだのであった。

月額200ドル。 今のレートならざっと32,000円。繰り返すが、毎月である。十年少し前にAdobeが月額課金になったとき、月5,000円という金額で騒いでいたのが懐かしい。デザインツールならまだしも、テキストエディタに毎月三万円を払うことになるなんて、あの頃には考えられなかっただろう。

明日からはもやしを食べてコードを書こうと思う。

数日前、Xのタイムラインに「酒を飲み過ぎたおかげで天皇陛下からレスを頂戴した話」という記事が流れてきた。これがとても面白い文章だったので、すぐにその書き手である長瀬ほのかの『わざわざ書くほどのことだ』という本をポチっておいた。

そして昨日、朝ごはん屋で玉米蛋餅をかじりながら何となく読みはじめたのだが、どのエピソードも面白すぎてそのまま一気に読み終えてしまった。その後、何人かの友人に推薦図書の連絡をすると、さっそく翌日の今日、内野功太郎から「読んだよ」と返信が来た。彼とLINEでやり取りをするうちに考えたことを、ここに書き留めておこうと思う。


僕は、子どもの頃からエッセイが好きだった。自分の読書遍歴を振り返れば、体感ではあるけれど、その半分はエッセイと雑誌で占められているはずだ。(なんと偏った読書体験だろうか。)

十代の頃に好んで読んでいたのは、椎名誠、山口瞳、伊集院静、景山民夫、つかこうへい、といった作家たちだった。こうして並べてみると、圧倒的に「大人の男性」の世界である。それも、組織や社会の枠からはみ出したところで、自分なりの美学や勝手さを貫いて生きているような、いわば無頼派的な空気に惹かれていたのだと思う。女性作家といえば、群ようこや西原理恵子(これは漫画か)を手に取るくらいだった。これもほぼ似たようなものである。

それが、どういうわけか三十歳を過ぎたあたりから、同世代の女性作家が書くものを積極的に読むようになった。最近の僕が好んで手に取るのは、藤岡みなみや小原晩といった作家たちの言葉だ。

藤岡みなみは僕の一つ上の年齢で、まさに同世代である。彼女が大学時代に出演していた『キャンパスナイトフジ』も観ていたので、あの時代の空気の中で一緒に大学生をやっていた人なのだ、という印象も強い。小原晩は僕より七つ下だから、「同世代」と呼ぶには少し離れているかもしれないが、まあいいだろう。少なくともその筆致に触れたとき、僕の中では同じ時代を歩いている感覚が確かにある。

今回読んだ長瀬ほのかも、年齢は僕の一つ上だった。本の中に出てくる話も、『どうぶつ奇想天外!』や公文の思い出、セーラームーンの人形の話など、まさに自分と同じ景色を見ながら生きてきたことが分かるエピソードばかりだった。


さて、どうして僕はこういった作家たちの言葉を好むようになったのか。その理由は、僕が彼女たちの文章の中に、もう疎遠になってしまった女友達の息づかいを感じているからではないかと思う。

高校、大学、あるいは二十代にかけて、深夜のファミレスでドリンクバーをおかわりしながら、あるいは大学近くの誰かの家で甲類の焼酎とコンビニのワインを飲みながら、一晩中話し合った友人たち。人間関係の悩み、不透明な進路、恋人のこと、無限にも思える選択肢の中から何を選び取るかという、あてのない思索。価値観というにはあまりに未完成な、お互いの自意識を差し出し合うような時間を共にした友人たち。

いつの間にか、彼女たちは結婚したり、母になったりして、僕とは日常的には交わらない時間を生きている。あんなに言葉を交わしていたのに、夜通し膝を突き合わせて話す機会なんて、もう永遠に訪れないのだろう。そこに切実な喪失感があるわけではないけれど、ふとした瞬間に、あの時間が実はどれほど贅沢で尊いものだったかを噛み締めてしまうことがある。

藤岡みなみや小原晩、そして長瀬ほのかのエッセイを読んでいると、「もし、いま三十六歳になった僕たちがあの頃のような時間を過ごしたなら、きっとこんな話をするんだろうな」と思えてくるのだ。

他人から見れば取るに足らない、けれど自分にとっては切実な出来事。その「ままならなさ」を、彼女たちはそれぞれの感覚で丁寧に言葉に変えていく。その世界の切り取り方に触れていると、まるであの頃の友人たちが、いま目の前でとりとめもない話をしてくれているかのような気持ちになる。そんな再会にも似た感覚が、いまの僕にはちょうどいいやすらぎになっているのだと思う。

台湾に来てから一週間。身体にいくつかの変化が現れはじめている。

【主な症状】

  • 指先のささくれ(3日目 夜〜)

  • 頭皮の乾燥と痒み(4日目 朝〜)

  • 顔にニキビ(5日目 朝〜)

【考えらえる原因】

食生活の変化。生野菜不足と油の過剰摂取が顕著だ。小吃店を中心の食生活をしているのだが、毎朝の蛋餅に加え、ここ三日は麻油鶏を連投している(うめえ)。さらに、街を歩けば香りに誘われ、衝動的に買い食いをしてしまう。栄養バランスだけでなく、食事のタイミングが崩れているのもよくないのかもしれない。口腔内のpHが酸性に傾いている時間も増えているので、歯の健康にも影響があると思う。

ビタミン剤を飲んでいない。日本では毎日飲んでいたのだが、持参し忘れた。そもそも気休め程度と思ってナメていたのだが、実は結構効果があったのかもしれない。ファンケルよ申し訳ない。台北で似たようなものを探してみよう。

湯船に入らない。これは大きい気がする。かつて僕はシャワーのみの生活をしていて、その頃は肌トラブルが多かったのだが、高円寺へ引っ越して近所の銭湯に通うようになり、肌質が劇的に改善した。台湾に来て再び湯船に浸かる習慣が失われた途端にこれである。お肌はデリケートだ。

やや睡眠不足。就寝時間は日本にいる時と変わらないが、仕事の開始を日本の同僚に合わせるため、時差の関係で起床が1時間早まっている。5時間睡眠が4時間になるのは、わずか1時間の差とはいえ20%の減少だ。また、この一年ほど習慣化していた昼食後30分程度の睡眠が、いろいろあってこの一週間は取れていない。そして、食後に茶を飲む習慣があり、その量が日本より圧倒的に多い。カフェインの過剰摂取のせいか、寝付きが悪いような気がする。

最近、ユーシュエンの家の近くに「罕多咖啡」という理想的なカフェを発見した。夜ご飯を食べ終わった20時くらいから閉店時間の23時半まで、ここで作業するのが日課になっている。

これまで、夜の府中駅付近でWi-Fiと電源を確保しようと思うと、選択肢はスターバックス一択だった。しかし、この辺りのスタバは21時に閉まってしまう。作業が勢いに乗ってきたところで追い出されてしまうことが多々あり、かといってその時間から台北市内に移動するのも億劫で、仕方なくユーシュエンの家に戻って回線の細いテザリングで作業をしていた。

そんな折、偶然通りがかった道で見つけたのがこの「罕多咖啡」だった。

広々とした座席に安定したWi-Fiと電源があり、作業環境としては申し分ない。スタッフの対応もつかず離れずで心地よく、行き交う客層もどこか洗練されていて、なんだか全体的に漂う空気感が心地いい。

そんな店内の上質な空気に当てられ、今夜の僕は「テラス席でMacBookを広げる外国人デザイナー」という役柄を担うことにしたのだが、これが大間違いであった。

この辺りは今日、真冬だというのに日中の最高気温が27度を記録した。どうやら、近所のボウフラたちが一斉に孵化の時を迎えたらしい。オシャレな外国人デザイナーも、産声をあげたばかりの彼らにとってはただの肉である。ふと見渡すと、店内は満席。テラス席で悦に浸っているのは、僕一人だった。

逃げ場を失った僕は、この新しい命の強烈な生への執着を、いま全身で受け止めている。

UboatとのLINE。昨夜書いた『プロジェクト・ヘイル・メアリー』の感想文を推敲して送る。やりとりの中で、やはり話題に上ったのは後半の大味な展開についてだ。Uboatから、「ヘイル・メアリー」がアメフト用語で「起死回生を狙ったダメ元のロングパス」を指すと教わる。


浅井とのLINE。育児に励む父親の気苦労が聞けて楽しい。僕の友人は世代的な影響もあってか、主体的に育児に関わる男性が多いが、その中でも浅井は、日々の迷いを切り捨てず、一つひとつをすくい上げて言葉に定着させる力がずば抜けている。生身の当事者として悩み、思考し続ける言葉には瑞々しさがある。


内野功太郎とのLINE。やりとりによって、Chooningを運営する中で考えているメディア論や収益モデルの採用理由を言葉にすることができた。広告モデルを採用するというプラットフォームの選択が、SNSを他者評価やバズへの渇望へと誘導し、純粋な音楽体験の言語化を阻害しているという問題意識。そして、そのゲームルールから脱却するために、主な収益源をメンバーシップモデルとし、プラットフォームはその期待に応えるという関係性の中で言論空間を統治するべき、など。

Uboatに薦められてた、アンディ・ウィアーの『プロジェクト・ヘイル・メアリー』を読み終えた。

台湾に来る飛行機の中で読みはじめて、この二日間は作業の合間(=AIがプロンプトに従ってコードを吐いている待ち時間)にちょこちょこ読み進めていたのだが、今朝下巻に入ってから急激に面白くなって止められなくなってしまった。

仕事をするつもりで四十分かけて中山のカフェまで出てきたのに、結局一度もパソコンを開くことなく閉店時間を迎えた。本を読んでいるだけだったら家にいてもよかったし、もっといえば日本にいたままでもいいとすらいえる。まあそれは野暮か。「台湾にいるからやれること」を選んでやろうとするよりも、どこでもできることを、その場所でやるということに豊かさがあるのかもしれない(適当)

一月の台北は、冬であることを忘れたような強い陽射しがアスファルトを焼いている。日本の寒さから逃げてきた僕は、その気候に包まれる幸せを感じながら、ぼうっとバスを待っていた。

「おーい、そこのお兄ちゃん!」

不意に大きな声で呼びかけられた。声の主は、僕の目の前に滑り込んできた別のバスに乗り込もうとしている老婆だった。彼女の指は、彼女が買い込んだであろう荷物が縛り付けられたキャリーカートを指さしている。

早口の中国語はよく聞き取れなかったが、「帮我(=手伝って!)」というフレーズが聞こえたので、コイツをバスに運び込むのを手伝ってくれ、と言っているのだと理解する。

僕は慌てて駆け寄り、「よっこらせ」とその重荷を抱えてバスのステップを上がった。老婆が何かを早口で言う。僕が聞き取れず、すみません、もう少しゆっくり話してください、と言おうとしたとき、背後で「プシュー」という音がして、ドアが閉まってしまった。

「おいおいおい、状況を見てなかったのか? 僕が乗客なわけないだろ!?」

と思ったが、台北のバス運転手にそんな文句を言っても無駄だ。そもそも、僕にはそんなことを言える語学力もない。苦し紛れに心中で毒づいていると、バスが荒々しく動きはじめた。

台北において、最もイラついている人種はバス運転手だといわれている。彼らにとって、乗客を運ぶという行為は決して交通サービスではない。「運送業」とか「物流」といった方がしっくりくる。彼らは僕たちを乗客としてではなく、ただ効率よく運搬されるべきジャガイモか何かだと思っている節がある。

僕は諦めてポケットから悠遊カードを取り出し、精算機にタッチする。「上車!」と機械が無邪気な音声で応答し、僕が意図せぬ運命に乗り込んだことを告げた。電光掲示板を見上げると、初めて目にする停留所の名前が表示されている。どうやら知らない路線に乗ってしまったようだ。

腰のあたりで、先ほどの老婆が申し訳なさそうに何かをまくしたてている。

「あんた、本当は乗るつもりじゃなかったんだろう? 大丈夫かい?」おそらく、そんな意味のことを言っているのだろう。

僕は咄嗟に、「不會不會!」と返し、精一杯のスマイルを送った。

この言葉は、「ええねんええねん!」という感じのフレーズだが、この場面で使うべきものなのかどうかは怪しかった。それでも、彼女が何度も「謝謝、謝謝」と頭を下げる様子を見て、こちらの意思は伝わったのだと理解した。


バスはアトラクションのような激しい揺れを伴いながら、台北の街を駆けていく。

次の停留所で降りるのが賢明だが、特段急ぐ用事もない。もともと、どこか適当なカフェに行って仕事をしようと思っていただけだった。このまま予定を外れた勢いを活かし、雰囲気のよさそうな場所で降りてみるのも悪くない。

そう切り替えて車内を見渡すと、後方の座席に空席を見つけた。僕は老婆に軽く会釈をしてから、その席へと移動し、腰を下ろした。

最後方の座席から車内を眺めると、乗客たちは僕と老婆のやりとりなどまるで見ていなかったかのように、各々の世界に没入していた。

先ほどの老婆を見ると、すぐ近くに優先席が空いているにもかかわらず、金属製の柱を掴んで立ち続けていた。カートを必死に支えながら、猛烈な揺れに耐えている。

その背中を見ていて、ふと、七十代になった父が「電車で席を譲られることがあるけれど、この歳になると座ったり立ったりするのが億劫で、いっそ立っている方が楽なんだ」と話していたことを思い出した。


そういえば、横須賀に住む両親も数年前に車を手放し、今はバスに乗って日用品の買い出しに出かけているという話を聞いた。

もしかして、彼らもまた、あのような使い込まれたカートを引いて、スーパーに通っているのだろうか。そして、バスの段差を前に、重たい根菜や洗剤が詰まったカートを持ち上げようと苦労することがあるのだろうか。

田舎育ちで誰彼構わず話しかけるような父はさておき、他人の世話になることを極端に恐縮する母が、この台北の老婆のように、見知らぬ若者に助けを求める姿は想像がつかない。

窓の外を眺めると、色褪せた看板がひしめき合い、排気ガスに燻されたスクーターの群れが猛スピードでバスを追い抜いていく。紛れもない異国の景色だ。横須賀から遠く離れた街の激しく揺れるバスの最後尾で、見知らぬ老婆に親の姿を重ねているのは、なんだか不思議な気がした。


ガツン!と車体が跳ね上がり、頭を窓にぶつけそうになる。現実に引き戻された僕の視線の先では、老婆が依然として、何事もなかったかのように、バスの荒い揺れに耐えていた。

ふと、ああ、そうか、さっきの場面では「不會」ではなく「没事」と言えばよかったんだ、と気がついた。

とあるプロジェクトの打ち合わせで、「AI生成の画面デザインって、どうしてAIっぽく感じるんですかね?」と聞かれた。これは、プロダクトデザインに関わる人たちにとっては、結構いい酒のつまみになる話だと思う。


デザイナーである僕の感覚的な話になるが(専門外の人が同じ違和感を抱くかどうかは分からないが)よく感じるのは、「ただ、結果だけが立ち上がって見える」という、妙な手触りのことだと思う。

僕は、アプリケーションやWebサービスの画面を見たときに、制作者がどんな順序で考え、何を解こうとしていたのかを想像することができる。あるいは、どこがまだ詰めきれていないのか、どこで思考が止まっているかも、それなりに見抜くことができる。こだわりを感じるところや、迷いのあるところは触れば分かるし、そこに制作のプロセスが痕跡として残っているからだ。

人間のデザイナーはたいてい、何を作るのか、どう使われるのか、情報や構造はどうあるべきか、といった低いレベルの問いから順番に積み上げていく。その結果として、画面全体に一貫した思想がにじむのだが、AIが生成した画面は、第一印象はいかにもいい出来に見えるものの(余白や配色、コンポーネント単体の完成度は高い)しばらく眺めていると、この画面で何をしてほしいのか、この情報はなぜこのように置かれているのか、といった根本的な意図が不明瞭であることに気づく。

単に設計が甘い、という感じとも少し違う。人間が考えきれなかったときのような、迷いの跡がなく、判断の来歴が見えない。どこか空洞を覗き込んでいるような感触だ。


言葉にしていて気づいたが、これは「AIっぽさ」というより、「素人がAIを使って作った感じ」のことを言っているのだと思う。

デザイナーがAIを使う場合は、基礎的な設計や前提をAIとの対話の中で詰め、それを共有したうえで生成させる。そうすると、この種の空洞感はかなり薄れていく。(実際、去年の夏頃から僕が作ったものは、ほとんどそうやって作られている。)

また、「AIっぽいかどうか」は本質的な問題ではない。重要なのは、使いやすいかどうかであり、利用者にとっては制作の方法や背景よりも、目の前の体験がすべてである。利用者が支障なく使えるのであれば、専門家の目に「AIっぽさ」が映ったとしても、ひとまず問題視するべきではないだろう。

だから、僕が「AIっぽさ」を気にしているのは、そこに「使いづらさ」があるからだ。まず「使いづらさ」が先にあって、その使いづらさの原因を専門家として見たときに「これはAI生成に起因しているな」と分かってしまうために、「うーん、いかにもAIぽいですねえ」などと口走ってしまっているに過ぎない。

これは自戒も込めて書いておくのだけど、決して「AIっぽさ」そのものを問題視したいわけではないので、AI生成物をレビューするシチュエーションにおいては、それがどんなAIでどう生成されたか……といった話題にうつつを抜かさず、可及的すみやかに話題の中心を「使いづらさ」とその解決方法に移行するよう努めていきたい。

ここ数日、僕のこのブログが閲覧できない状態が続いていたようだ。

原因は、Netlifyで契約しているクレジット量(1,000クレジット)が上限に達してしまったことで、「クレジットを追加しない限りサイトは停止したままです」という通知が届いていた。なんてこった。

管理画面のCredit usage breakdownを確認すると、Production deploysで1,470クレジットを消費している。つまり、ほぼすべてがデプロイ由来の消費ということになる。1回のデプロイにつき、本番ビルド+本番CDNへの反映+メタデータ処理が走り、約15クレジットが使われている計算だ。

昨年11月にCMSをContentfulへ移行したことで、更新回数が増えたのが大きな要因だろう。Contentfulはエントリーを保存するたびにWebhookを飛ばし、Netlifyはそれを検知するたびに自動でデプロイを実行する。それが記事の微修正であっても例外ではない。

言葉を少し直すたびに15クレジットが消費されていたと考えると、これはなかなかに大ごとだ。推敲しやすい環境を手に入れたと思ったら、同時に課金が加速しやすい構造を作ってしまっていた。今さらながら、CMS × Netlifyというのはかなりマズい組み合わせであることに気がついた。

対策としてデプロイを手動に切り替える方法も考えられるが、それでは問題を解決する代わりに利便性を手放すことになる。NetlifyをやめてCloudflare Pagesを使うのがよさそうに思えるが(確か公式にHugo対応していたはず?)今度詳しく調べてみよう。

『葬送のフリーレン』アニメ2期のOPが出た。Mrs. GREEN APPLEの『lulu.』という曲なのだが、これがめちゃくちゃいい。痺れた。

これまで僕はミセスについて、「流行っているがよくわからん」という感想で、ミセスが好きだという友人に対しても釣れない態度を取っていたと思うが、本当に申し訳なかった。これを聴いて海よりも深く反省した。許してくれ。

一般論として「ミセスはタイアップ曲がよいのだ」という説はよく聞くし、年末の団地忘年会でもTaiTanが「ミセスは原作解釈力が高い」という評を述べていた(確かTaiTanだった気がする。違ったらごめんなさい)。今回、その言葉の意味がようくわかった。

1番ではフリーレンの人生観に決定的な影響を与えた勇者ヒンメルの冒険に対する価値観が歌われ、それが2番にかけて遺されたフリーレンの心情へとシームレスに続いていく。サビとして繰り返される「帰りたい場所がある」というフレーズは、立場が違う二人に共鳴する心情であり、この言葉が楽曲全体を貫くことで、二人の想いの重なりを表現する構造になっている。

『葬送のフリーレン』の物語構造は、ヒンメルにとっての「残す」という行為と、フリーレンにとっての「残ってしまう」という経験の非対称性にある。ヒンメルにとってはすでに確信として獲得されていたものが、フリーレンにとっては時間を経て初めて感情として立ち上がる。作中ではこのズレが繰り返し描かれてきた。このOPは、その構造を単にそのまま持ってくるのではなく、楽曲という異なる形式の中で再構成することができている。(単に物語のあらすじを要約して歌っただけのYOASOBI『勇者』とは大違いだ。)

もちろん、歌詞だけでなく楽曲もいい。アニメOPというよりむしろEDを思わせるようなトーンなのだが、それがなかなかハマっていると感じた。こういう本来物語の余韻を受け止めるための楽曲をあえてOPに持ち込むという方法は、ことフリーレンに関しては作品性と噛み合っていてとてもいいと思う。

ここ数日、Cursorを使ったコーディングでFlutterプロジェクトを作っているのだけど、AIを使ったコーディングの一番の恩恵は、実装と同時にドキュメントを整えていけることだと感じている。

デザイナーの頭には、実装している最中に「このコンポーネントはこういうオプションで構成されているなあ」ということが浮かぶ。例えば、スナックバーだと、(1)色:通常とエラーの2種類 (2)メッセージ:文字列 (3)サブメッセージ:文字列(なければ非表示) (4)アイコン:ファイル(なければ非表示) (5)ボタンの有無:boolean (6)ボタンのラベル:文字列 といった具合だ。

これまでだと、「うーん、あとでFigmaにまとめておくか……」と思って終わっていたのだけど、AIがあるとこういうことをポンポン喋って(音声入力して)まとめてくれというだけで仕様書に仕上げてくれる。なんなら実装も整えてくれる。まじ便利。実装でその通りになっていない箇所を見つけるのも簡単。

あと、 doc/spec/ 以下に snackbar card button tab みたいなフォルダを用意して、それぞれに spec (コンポーネントの仕様)と usage-list (どこでどう使ってるか)というファイルを作っている。( usage-list があるとデザイナーの設計作業はとてもやりやすくなる。デザインの調整はプロダクトの中の相対的な関係や、影響範囲を見渡しながら行っていくため。)

ドキュメントの保守は、コード側に「ここを変えたら、このドキュメントを更新すること」とマーキングしておくことで、AIがコード編集時に自動的に検知できる。

濱口竜介、三宅唱、三浦哲哉の特別鼎談「驚きはいたる所に──『旅と日々』をめぐって」を読んだ。まだ『旅と日々』を観ていない状態でこの鼎談を覗いてしまったのだけれど、作品の内容を知ったというより、それぞれが「どうやって世界を見ようとしているのか」を知ったような感じがした。

鼎談では、物語の筋立てやテーマそのものよりも、光の入り方や、偶然写り込んだ風景、カット同士の照応といった話が何度も出てくる。何かを強く説明するというより、現場で出会ったものや、あとから意味を帯びてきた画面同士の関係性を言葉にしているのが印象的だ。

濱口竜介の『悪は存在しない』を観たときにも思ったのだが、このタイプの作品は、「何が起きるのか」よりも、鑑賞者が映像を通じて「何に気づくのか」に楽しみの中心がある。作り手の意図やメッセージがあったとしても、必ずしもそれを最も重要なものとして持ち帰る必要はない。というか、それが読み取れなくてもいいのだと思う。東浩紀的にいえば、誤配可能性の高い作品ということになるだろうか。鼎談のやりとりからも、意味が一つに回収されることを前提にせず、光や風景やカットの連なりが、別の場所に、別の仕方で届いてしまう余地を残している。正しく理解されることよりも、少しずれて届くこと、思いがけないところに引っかかることを許している感じがある。

12月18日から施行された「スマホ新法(スマートフォンにおいて利用される特定ソフトウェアに係る競争の促進に関する法律)」に関して調べていた。

ちょうど Chooning でもユーザー課金を検討しているのだけど、僕は Apple や Google に決済を任せるということも引き続き有力な選択肢だと思う。プラットフォームの決済手段を使わないとなると、自前で決済体制を構築することになるが、Stripe なり GMO なりを使うとしてもそれなりの開発工数がかかる。Apple / Google ほどではないにせよ、決済プラットフォームの手数料は発生するし、ユーザーに新たに決済手段を登録してもらうことのハードルもあると思う。

Apple / Google の手数料は、年間売上が100万ドル以下の小規模事業者であれば 15% だ。あらゆる決済手段に対応していて、カード決済手数料なども吸収してくれてこの手数料というのは、そこまで阿漕なものではないと思う。アプリ外決済は小規模事業者の枠に収まらないフェーズになってから考える、という判断でまず問題ないのではなかろうか。

朝から体調が優れずぐったりとしていた。東京では、コロナ、インフルエンザ、ノロウィルスなどが流行っているので、どこかでもらってしまったか……と滅入った気持ちでいたが、薬を飲んで数時間横になっているとアッサリ回復した。


台灣虎航(タイガーエア)から、クリスマスセールで日台全路線で格安販売を行なっているというメールが届く。この冬、台湾に行くかもしれないと話していた友人たちに転送する。僕が冬に台湾にいることが当たり前のこととして浸透し、年々それに合わせて旅程を組んでくれる友人が増えていく。


夜、新宿の香港屋台「九龍」で、すぐる、Ray、クマガイさんと近況報告。すぐると会うのは5年ぶり、Ray と会うのは半年ぶりだが、二人とも以前会ったときとは違って会社員になっていた。

Rayはポーカープレイヤーとしての活動に一区切りつけてエンジニアに戻ったという。「この10年間ひたすらトランプをやっていました」というのは、就職活動をする上でなかなか厳しく見られるものなのだ、と割と当然に思えるようなことを、ようやく発見した真理のように語っていた。来年5月に韓国・仁川のパラダイスシティに行く予定があると話すと、「全部教えるから任せてくれ」と言われる。友人のこういう言葉は心強い。


数週間のインド出張から帰ってきたばかりのクマガイさんから、現地での小話をいくつか聞く。

イベント会場の施工現場での、インド人スタッフの働き方について。計画性はあまりないが、その日その日の課題を当日中になんとかしようとする力は強い。場当たり的であることの問題は確かに多いが、それでも「なんとか形にはなる」方向に全力で進む姿勢には、それなりのよさを見いだすこともできるという。

日本であれば、トラブルが起きればその分工期が延びるが、インドでは、やり方は粗くともその日のうちに一応の完成形までは持っていく。(ただし、日本式であれば、そもそも起きなかったであろう種類のトラブルである、という但し書きもつく。)この話を聞きながら、少年ジャンプの制作体制と似ているな、と思った。毎週のアンケートに応じて瞬間最大風速を出し続けなければならず、結果が悪ければ即座にテコ入れを行う。リアクティブなものづくりのよさもあるが、中長期的な構想を実現するような作品づくりには向かない。

また、インドで日本と同じようにトラックをデコレーションする文化を見かけたが、宗教的なモチーフや花を使うなど、その方向性がかなり違ったという。装飾の目的を現地の人に尋ねると、「商売繁盛のため」と答えたそうだ。クマガイさんはそれを、日本のトラック装飾がどちらかといえば対外的な表現であるのに対し、インドのそれは内省的なモチベーションに近い、と表現していた。


帰り道、LINEを確認すると内野功太郎から、『見はらし世代』という映画を見たか? と連絡が入っていた。最近のやりとりの中で話題にした本と主題が近しいので観てみてほしいとのこと。調べてみると、関東ではほとんどの館で上映終了となっていた。

今日は台湾の冬至ということで、家で湯圓(白玉)を食べる日だとアンナから連絡が入る。夕方、鹹湯圓(湯圓入った野菜スープ)の材料を買いに高円寺の純情商店街へと繰り出した。セロリとパクチーが売り切れで、何軒か渡り歩いていると、商店街がそわそわとした師走の空気に包まれていることに気づく。ところで、日本では冬至は明日だけれど、台湾とは計算方法が違うのだろうか。

参考にしたレシピ: 冬至に食べたい白玉スープ客家鹹湯圓の作り方


鹹湯圓を煮込みながらM-1を見始める。

ファーストラウンド。エバースが強い。ネタのあと、審査員の講評を受けているときの佐々木の表情が印象的だった。緊張と高揚と安堵が混ざったような顔で、妙に色っぽく見えた。

僕は真空ジェシカを応援していたのだが、惜しくもファーストラウンド4位で敗退。導入部でガクが「車椅子テニスの選手が連続で車ネタを引いた!?」という、おそらくアドリブであろう一言を発したのだが、どうもそこからリズムが崩れてしまったように見えた。


真空ジェシカ、ヤーレンズ、あるいはヨネダ2000の敗退を見ていて、髙比良くるまの『漫才過剰考察』に書かれていた「2024年以降のM-1予測」がよぎる。お笑いファンが無意識のうちに身につけてしまった審美眼の死角を、すっと突いてくるような人たちが評価される時代になる、という予測だ。

本書の見立てによれば、M-1は、芸人を「上に見る=尊敬したがる大会」から、「下に見られる=愛される人たちが輝くような大会」へと変わっていく。その中で、「お笑いファンに人気でネタバレされている人たち」ではなく、「お笑いファンに人気がなくネタバレしていない人たち」が上がりやすくなる。加えて、その上で「ちゃんとプロフェッショナルであることが見える人たち」が評価されるだろうとのこと。

そうしてみると、たくろうの優勝は自然な結果のように思える。決して「お笑いファンに人気がない」とは言えないが、大阪で活動を続けてきたことがネタバレを防ぐように働いた、とはいうのはありそうだ。反対に、真空ジェシカやヤーレンズは、ネタバレの壁に阻まれてしまったように思う。

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