昨日は、内野と木立と『悲情城市』を見た。月イチで集まってやっている映画鑑賞会で、白金台にある木立の家に泊まる形で開催している。内野が台湾映画にハマっている時期に始まったこともあり、「台湾ニューシネマを学ぼう」的な雰囲気でやっているが、内野がそういう目的性の高いノリを嫌っているので、ひとまず「なんとなく集まって映画を見る会」ということになっている。
『悲情城市』は、日本の統治が終わった直後の混迷期を生きる「林家」の人たちを通して台湾を描いた、ホウ・シャオシェン(侯孝賢)の傑作だ。以下、感想メモ。
映画は、台湾が持つ複雑なアイデンティティを見事に描いているように感じた。名作だといわれるのも頷ける。説明的な描写が少なく登場人物の名前も覚えづらいため、危うく物語を見失いそうになったのだが、途中から映像を一時停止して相関図を確認したり、副音声的にみんなで話しながら観ることで事なきを得た。
僕には多くの台湾人の友人がいるが、そのルーツは内省人、外省人、原住民と様々で、それらが血縁や関わりの中で複雑に交差し、一人ひとりの内に固有の文脈を作り出している。作中で内省人と外省人との関わりや、原住民らしき人が出てくると、友人たちの顔が次々と浮かんできて、彼らのことを思ったりした。
日本で台湾が語られる場面では、よく「親日」という言葉が使われるが、それは複雑な関係性の「結果として」表面に浮き出てきたものに過ぎない。いわば、瓶の蓋に書かれたラベルのようなものだ。蓋を開けたその中には、夥しいほどの生活が詰まっていて、『悲情城市』で描かれる林家の物語には、その一例を見た気がした。
台湾で僕を泊めてくれているユーシュエンという友人がいるのだが、正月に彼女の実家に遊びにいったとき、日本の植民地時代を生きたユーシュエンのお爺さんと話をした。彼とその家族がどのように生きてきたか、という話を聞いた時も、蓋の中のものを覗いた気がした。
蓋の中にあるものを、なるべく多くこの目で見ておきたいと思う。
そういえば、『悲情城市』の冒頭で「ふるさと」が歌われる場面があったが(兎追いし、彼の山〜)、ユーシュエンのお爺さんが僕に「僕は日本の歌を覚えているよ」と言って歌ってくれたのもこの「ふるさと」だった。場をわきまえず大声で歌うお爺さんに、ユーシュエンの家族は困り顔だったが、僕はその時何故か涙が止まらなかった。
鑑賞後、内野と木立に台湾と日本の関係性についていくつか喋ったのだが、ずっとスベッているような感覚があった。歴史を概論として語ってしまうと、そこにあったはずの個人の物語が滑り落ちてしまう。歴史とは当然無数の「個人的な体験の集積」であるはずなのだが、それを一つひとつ言葉にして伝えるのは不可能だ。だから象徴的な物語を創作し、そこに気配を込め、どうにか伝わることに賭けるしかない。それがまさにこの映画のような存在なのだろう、というようなことを帰ってきてから考えた。
役者について。圧倒的な存在感を放つ四男役のトニー・レオンもさることながら、僕は長男を演じた役者がいいなと思った。陳松勇(チェン・ソンヨン)という役者らしい。フーテンの寅さんや、ミルクボーイの内海のような見た目で、独特の愛おしさがあった。彼が刺された場面の次に鳥が空を飛ぶカットが入り、これはちいかわ的な死のメタファーだと思うのだが、これって映画技法的によくあるやつ、というか何か元ネタがあるものなのだろうか。

