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「要するに、同性愛者を『気持ち悪い』なんて言う人間は、頭の中で、同性愛者の体と過剰に一体化して、男同士でキスしたりするところを想像するからなんだよ。だから、そういう連中は、誰かがスゴい婆さんとつきあってるって聞いても、やっぱり『気持ち悪い』って言うよ。人の勝手だって、思えないんだよ。これはさ、AVを見てるとわかるんだ。性に関しては、人間は、簡単に他人をアバター化するから。俺はさ、中年のオッサンのアソコをじっと見つめてろなんて言われても、まあ、絶対にイヤだね。だけど、AVで女優と絡んでる時には、嬉々として凝視してるんだよ。その関係性に入り込んで、その男優の体と一体化して。」

平野啓一郎『本心』(文藝春秋、2021年)

(1)この一つの社会を全体としてみたとき、その構造はどのようなものか? その本質的な構成部分とは何と何で、それぞれ相互にどう関わり合っているのか? それは他の社会秩序のバリエーションとどのように異なるか? 社会のある側面は、秩序の持続や変化に対して、どういう意味をもっているのか?

(2)この社会は、人類史のどのような地点に立っているのか? この社会が変動していく仕組みとはどのようなものか? 人類全体の発展においてこの社会はどのような位置を占め、またそれに対してどのような意味をもつのか? 私たちが検討しているある一つの特質が、その時代に対してどのような影響を与え、また逆にそこからどのような影響を受けているか? さらに、この時代というものについて言うならば、それがもっている本質的な特徴とは何で、他の時代とどのように違っていて、その歴史形成に特徴的な道筋とは何であるのか?

(3)この時代のこの社会において、現在どのような種類の人間たちが顕著になってきていて、これから先、それがどうなっていくか? どのような方法で、そうした人間たちは選別され、あるいは形成されているか? どのように彼らは解放され、あるいは抑圧されているか? どのように彼らの感覚は過敏なものにさせられ、あるいは麻痺させられているか? この社会のこの時代における行動や性格を観察することで、どのような「人間性」が明らかになるのか? そして、私たちが検討している社会のありとあらゆる特質一つ一つは、「人間性」に対してどのような意味があるのか?

[…] 傑出した社会分析家たちが行ってきた問いかけは右の三つである。これらは、社会における人間をめぐる古典的研究の知的な中心軸をなしてきたものであり、さらに言えば、社会学的想像力の精神をもつ者が、絶えず問いかけてきたものである。

С・ライト・ミルズ『社会学的想像力』(ちくま学芸文庫、2017年)

人口一〇万人の都市で、失業者が一人とすれば、それは私的問題である。こうした場合は、救済のためには当然、その人の性格、能力、すぐに可能な雇用募集などを見ればよい。しかし、就業人口五〇〇〇万人の国において、一五〇〇万人が失業していたら、それは公的問題である。こうした場合は、特定一個人の雇用機会を見ているだけでは、解決策を見出すことはできない。雇用の構造そのものが崩壊してしまっているのだ。問題を正しく立て、的確な解決策を探るためには、個々人の生活圏や内面だけでなく、その社会の政治経済制度を検討することが必要である。

[…] ひとりひとりの個人に固有のものである多彩な生活圏において経験するものは、しばしば構造変動に起因する。したがって、多くの個人的な生活圏における変化を理解するためには、それらを超えて物をみる必要がある。そして、私たちがそのなかで生きている諸制度が、相互に関連し、複雑に絡みあえば絡みあうほど、そうした構造変動の数や種類は増える。社会構造という概念を知り、それを感性豊かに用いることで、様々な生活圏の結びつきを明らかにすることができる。それが、社会学的想像力をもつということである。

С・ライト・ミルズ『社会学的想像力』(ちくま学芸文庫、2017年)

「でも、これはまさにそういう話。結局、我々は過去の時代について、残された断片から想像するしかない。古典学者が勘違いしたのも仕方ない。だが、我々が新たな物の見方を獲得したと同時に、古代人の見方を失ってもいることは忘れてはいけないけれど」

鈴木結生『ゲーテはすべてを言った』(朝日新聞出版、2025年)