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「べつに子供なんて男でも女でもいいんだよ」疲れ切ったようにパパは笑った。「っしょーじきな話。血まみれの赤ん坊が命がけで産まれてきて、それみて男か女かなんていちいち考えないだろ。それが本当の気持ちだよ。これが本当の親のエゴ。自分の子供なら、親は正直どっちでも可愛いです。まじでどっちでもいいの。親だけの気持ちでいったら、ね? でもさ汽水くん、そんなふうに子育てって決めれないんだよ。君もいつか子供持つか分かんないけど、その子が何をもって幸せかって、親が決めてはいけないんですよ。何をもって健康で、何をもって幸せと定義するのかって、あらかじめ基準がいっぱい決まってるんだよ。

いま、出生前診断っていうので世界的に障害を持った胎児の中絶が増え続けてるっていうのがあるんですけど……年々だよ? それは生まれてくる前の段階から、こうあるべきってことが決められてることも関係があるんだよ。これ綺麗事じゃない。ハーフの子供だってそう。同じようにうんと中絶の対象になってる。汽水くんやモモと同じような子供たちが、生まれてからも児童養護施設にたくさん預けられている現実があるんだよ。君のとこだって、お姉さん二人いるよね。それで末っ子の君が生まれて、その下にはもう、誰も生まれていないよね。そういう男の子が末っ子のきょうだいってすごく多いよ。多いけど、だからって親御さんに全く愛情がない訳じゃないでしょう。むしろ逆だよ。食い物ひとつとってもそう。この子にいいものをたくさん食べさせてあげたいって気持ちで与えるものが、本当にその子にとっていいものなのか。油断したら中毒を起こすかもしれない。それを一個一個親だけで判断するなんて、とても恐ろしくてできないんですよ。絶対に親だけで決めちゃいけないんだってことを、子育てしてると何度も思い知るんだよ。親なんてな、子供のこと、ほぼひとつも決めてあげられないから。 こうすべし、っていうマニュアルを一個一個執拗に潰しながら参照するしかないんだよ。男に生まれたら男に育つのが健康っていう、それが今のルールなら、おれはまずそれを参照する。僕はなるべく、自分の一番大切な子供がそうなれるように、監督する責任がある」

安堂ホセ『DTOPIA』(河出書房新社、2024年)

「まずは、そうね。雅美さんとヒロム、それぞれがきちんと生きていけるように考えてみよ。大事なのはね、『絶対自分で子どもを育てないといけない』と思わないこと。ひとに預けてもいいんだよ。追い詰められた自分と一緒に崖っぷちに立たせるような生活を強いるより、安全な場所で健康なひとにしっかり育ててもらえるほうがいいじゃん。てかほら、食べてる? ピザ冷めちゃう」

花野が明るく言って、ビールをぐいと飲む。これまで苦しみしかなかった雅美の顔に、少しだけ光のような明るさが見えた。

「生きていけるように、考える……」

「そう。『とにかく生きる』が最優先。 […] 」

町田そのこ『宙ごはん』(小学館、2025年)

花野は遠宮に手を摑まれた少年に近づき、屈んで視線を合わせた。

「あのねえ、あたしからもお願い。二度とあそこに行かないで」

「何でだよ。だってオレはお父さんのしたことのお詫びをしないといけないんだ!」

「君がしていることは、暴力なんだよ」

穏やかに花野が言い、少年が「は? なんで」と声を荒らげる。

「亡くなったひとの家族はね、失った辛さや寂しさを乗り越えるのに精いっぱいなんだ。罪を赦す余裕なんてないし、そもそも赦す必要なんてない。だってそうでしょう? 大事なひとを不条理に奪われただけで残酷なのに、どうしてその罪まで赦してあげなくちゃいけないの」

少年はまだ、ガーベラを握りしめていた。鮮やかに咲いた花がぶるぶると揺れる。

「君の『ごめんなさい』は君が赦してほしくてやってることだよ。相手の気持ちをまったく考えてない。こんなに謝ってるんだから、いいでしょう? 赦してくれたっていいでしょう? って相手に赦しを強制してるんだ。それは、暴力でしかないんだよ」

「じゃあ……、じゃあどうしろって言うんだよ。オレは本当に、お父さんのしたことを謝りたいんだ。しなくちゃいけないんだ!」

少年が地面に花を投げつけた。それを花野が拾い上げる。

「その気持ちは、いいと思う。でもね、だからって相手に押し付けていいことじゃないんだ。君がしないといけないことは、ずっと覚えていること」

花を少年の胸元に押し当て、花野は言う。失った命を、傷ついたひとの涙を、忘れないで。そして、二度とこんな哀しいことが起きないように、考えるの。どうしたらいいのか、考えて、行動するの。それが、償いだと思う。

町田そのこ『宙ごはん』(小学館、2025年)

宙の中の花野像はどんどん変わっていった。綺麗なお姉さんであったり、薄汚い謎のひとであったり、冷酷で自分に関心のないひとだったこともあった。同居人であったり、距離のある友人のようであったり、そしていまはとてもいい母といった感じがする。でも明日には、いい女友達に変わっているかもしれない。それでいいんだと思う。

町田そのこ『宙ごはん』(小学館、2025年)

「宙ちゃん、あたしが淡々としてるから呆れてるんじゃない? これでもちゃんと、哀しんだことも恨んだこともあったんだよ。どうしたらいいんだろうって悩んだ夜は数知れず、だよ。でもね、あたしは悟ったんだ。『母親』を求めて接するから傷つくんだよね。『家族』だと思えばいいの」

ふいに自分の知らない意見が飛び出て、宙は我に返る。首を傾げると、マリーは「お母さんって、特別な響きがあると思わない?」と言った。

「絵本とか漫画、ドラマでもいいんだけど、お母さんってすごく特別に描かれてるよね。包みこむようなやさしさとか、無償の愛とか、そういうの。子どものことを第一に考えて自分は二の次だし、子どものことは何でもお見通し、みたいなイメージ、ない?」

問われてのろのろと頷くと、マリーは力強く頷いて「でもそれって、単なるイメージで、事実じゃないんだよ」と笑った。

「ただの理想なんだよ。アイドルみたいな、ファンタジーみたいな、ええとなんて言うんだっけ。ああそうだ、偶像! 偶像なんだよ。素敵な母親なんてのはどこにも転がっていなくて、お母さんはただの『家族』なわけ」

「ただの、『家族』……」

「そう。家族って、ちゃんとした意味知ってる? あたし、一度辞書で調べたんだ。家族とは、夫婦とその血縁関係にある者を中心として構成される集団。つまり、『母親』も『子ども』も、ひとつの条件のもとの集まりの中での名称に過ぎないの。そしてね、いまの世の中は辞書に載っていない、いろんな繫がりの『家族』ができてる。新しい意味の『家族』には、『母親』も『子ども』もない。助け合って生きていく集団のことを指すわけ」

町田そのこ『宙ごはん』(小学館、2025年)

多様性を認め合いながら共生するのは、とても素晴らしいことに違いない。けれどそのとき僕の目に映ったのは、見間違えようもないくらいの、どのような異論も認められないほどの、圧倒的な破壊だった。僕はその破壊を誰もが認める「破壊」とするだけの言葉を持っていないけれど、それは破壊だった。そして高額納税者でもなく、世界に何の影響力も持たない一市民が破壊に対してできることといえば、破壊後の新しい世界のルールを誰よりも早く覚えて、適応することしかないのだと、僕にはわかる。そうでもしないととても生き残っていけない。

九段理江『東京都同情塔』(新潮社、2024年)

「もちろん、人に迷惑をかけない大人になることは大事なんだけど、最近、子育ての正解ってそこにないんじゃないかって思うこともあって」

「じゃ、どんなことが正解なの?」

「成長した子どもが、大人になってから親の子育てを肯定できるかどうか」

辻村深月『噛みあわない会話と、ある過去について』(講談社、2018年)