そういうところがとても好きだったのに、そういうところが佐伯であるとさえ思っていたのに、そうではなかった。宙が好きだった姿、佐伯そのものだと信じていた部分は、驚くほど簡単に、削ぎ落とされてしまった。
その原因は、二年前に佐伯の父が病で急逝し、『ビストロ サエキ』の二代目オーナーになったことだと宙は思う。店を継ぐ、ということがどれだけ大変なのか、宙には分からない。ずっと共に生きてきたひとと『死』によって別れる辛さも、知らない。佐伯の父は宙を可愛がってくれていて、だからその死はとても哀しかったけれど、別れが寂しくて泣いたけれど、だからといって宙の中の何かが大きく変わったとは思えない。でも、『死』は時としてひとを変えるほどのものなのだ、ということは佐伯の変化によって知った。
以前の姿のほうが好きなのに。そう思うけれど、きっと、口にしてはいけないことだろう。佐伯を悲しませてしまうような気がする。だけど、ときどきふっと寂しくなる。同じ夏は来ないように、ひともまた変化し、同じひとには戻らないのだ。
『盆栽よ、盆栽』
佐伯の変化に戸惑う宙にそう言ったのは、花野だった。
『野放図に枝葉広げて気持ち良く生きるのは楽に見えるかもしれないけどさ、大きくなってくるとなかなか大変なんだよ。枝が重くて折れちゃうこともあるし、栄養が足りなくなって枯れちゃうかもしれない。自分を守るために自分自身を剪定しなきゃいけないときって、あんのよ。でもそれは自分の芯、幹を守るためだから、幹は絶対失われないのよ。だから、大丈夫よ』