結局のところコンテンツの相場というものは、人間が社会的にそのコンテンツにどれだけ依存しているかによってバランスが決まるというのがぼくの考えです。コンテンツというのは生きるための必需品ではありませんから、依存度で決まるというのはピンと来ないかもしれませんが、コンテンツを消費したりお金を払う人というのは、なにかしらそうせざるをえない自分の中での必然性があるのです。個人の生活リズムの中だったり、周囲の人たちとの社会的な付き合いのためだったり、潜在的なストレスや欲求の解消のためだったり、なんらかの必然性でもってコンテンツに依存するようになるのです。コンテンツを無料でもいいから配布することでプロモーションをするという戦略は、まずコンテンツへの依存をつくるという意味では正しいのです。コンテンツを利用していない段階では、まだそのコンテンツのある生活に依存していないのですから、無料という価格が適切になりえます。そしてコンテンツにある程度、依存し始めた状態で課金をすれば、今度はお金を払ってくれる確率が高くなります。言い方は悪いですが、コンテンツビジネスというのは、人間をある種の中毒みたいな状態にすることでお金を払ってもらえるようにするという構造があるのです。もちろん中毒とはいってもその作用は人間を幸せにしたり辛いことを忘れさせたり夢中にさせたり楽しい気分にしたりといった罪のないものではあるのですが。
川上量生『鈴木さんにも分かるネットの未来』(岩波書店、2015年)