「宙ちゃん、あたしが淡々としてるから呆れてるんじゃない? これでもちゃんと、哀しんだことも恨んだこともあったんだよ。どうしたらいいんだろうって悩んだ夜は数知れず、だよ。でもね、あたしは悟ったんだ。『母親』を求めて接するから傷つくんだよね。『家族』だと思えばいいの」
ふいに自分の知らない意見が飛び出て、宙は我に返る。首を傾げると、マリーは「お母さんって、特別な響きがあると思わない?」と言った。
「絵本とか漫画、ドラマでもいいんだけど、お母さんってすごく特別に描かれてるよね。包みこむようなやさしさとか、無償の愛とか、そういうの。子どものことを第一に考えて自分は二の次だし、子どものことは何でもお見通し、みたいなイメージ、ない?」
問われてのろのろと頷くと、マリーは力強く頷いて「でもそれって、単なるイメージで、事実じゃないんだよ」と笑った。
「ただの理想なんだよ。アイドルみたいな、ファンタジーみたいな、ええとなんて言うんだっけ。ああそうだ、偶像! 偶像なんだよ。素敵な母親なんてのはどこにも転がっていなくて、お母さんはただの『家族』なわけ」
「ただの、『家族』……」
「そう。家族って、ちゃんとした意味知ってる? あたし、一度辞書で調べたんだ。家族とは、夫婦とその血縁関係にある者を中心として構成される集団。つまり、『母親』も『子ども』も、ひとつの条件のもとの集まりの中での名称に過ぎないの。そしてね、いまの世の中は辞書に載っていない、いろんな繫がりの『家族』ができてる。新しい意味の『家族』には、『母親』も『子ども』もない。助け合って生きていく集団のことを指すわけ」
町田そのこ『宙ごはん』(小学館、2025年)