思えばあとのふたりにもあたらしい恋人ができたり、転職を考えていたりと、まるであのときの私たちは、ばらばらになることをしめしあわせたようであって、あたらしいところへいこうとか、いかなければとか、このままこうしていてもどうにもならないしとか、そういうことを思っていたような、思うしかなかったような気がしてならない。
しかし解散について、三人で向かい合って話し合った記憶がどうもなく。つまりすべてのやりとりはそれぞれのアイフォーンの中で行われ、定められ、決まったのじゃなかったか。
私たちはおおきな喧嘩をしたり、言い合ったり、殴り合ったりしたことは、勿論、なかったけれど、次へ行くと決めた人間というものは、そうやって、自然に、当たり前に、さらりと顔を合わせなくなるものであるのだと、私はそのとき知ったのだった。
小原晩『これが生活なのかしらん』(大和書房、2023年)