花野は遠宮に手を摑まれた少年に近づき、屈んで視線を合わせた。
「あのねえ、あたしからもお願い。二度とあそこに行かないで」
「何でだよ。だってオレはお父さんのしたことのお詫びをしないといけないんだ!」
「君がしていることは、暴力なんだよ」
穏やかに花野が言い、少年が「は? なんで」と声を荒らげる。
「亡くなったひとの家族はね、失った辛さや寂しさを乗り越えるのに精いっぱいなんだ。罪を赦す余裕なんてないし、そもそも赦す必要なんてない。だってそうでしょう? 大事なひとを不条理に奪われただけで残酷なのに、どうしてその罪まで赦してあげなくちゃいけないの」
少年はまだ、ガーベラを握りしめていた。鮮やかに咲いた花がぶるぶると揺れる。
「君の『ごめんなさい』は君が赦してほしくてやってることだよ。相手の気持ちをまったく考えてない。こんなに謝ってるんだから、いいでしょう? 赦してくれたっていいでしょう? って相手に赦しを強制してるんだ。それは、暴力でしかないんだよ」
「じゃあ……、じゃあどうしろって言うんだよ。オレは本当に、お父さんのしたことを謝りたいんだ。しなくちゃいけないんだ!」
少年が地面に花を投げつけた。それを花野が拾い上げる。
「その気持ちは、いいと思う。でもね、だからって相手に押し付けていいことじゃないんだ。君がしないといけないことは、ずっと覚えていること」
花を少年の胸元に押し当て、花野は言う。失った命を、傷ついたひとの涙を、忘れないで。そして、二度とこんな哀しいことが起きないように、考えるの。どうしたらいいのか、考えて、行動するの。それが、償いだと思う。
町田そのこ『宙ごはん』(小学館、2025年)