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「鈴先生と一星と深夜は、太陽と月と地球みたいな関係だな。ああいう関係は、恋とか愛とか、単純な名前はつけられないな。一列に並んだり、陰になったり、欠けたり満ちたりしながら。三つは回り続けている。」

ドラマ『星降る夜に』第9話(2023年)

「何故、そうやって武装するくせに、人を求めるんだ。ならば、一人で居なさい。人を信じられるようになるまで、ずっと一人で居ることだよ。少しも恥ずかしいことではないんだよ。 […] 」

柚木麻子『ナイルパーチの女子会』(文藝春秋、2015年)

ロマン主義時代に生きたジョン・キーツ(Jhn Keats, 1795-1821)の「ネガティヴ・ケイパビリティ」(negative capability)という概念は、共感力をもつ自己像を表しているといえる。「ケイパビリティ=capability」とは、何かを達成する、あるいは何かを探究して結論に至ることのできる力を意味する。しかし、キーツのこの概念は、知性や論理的思考によって問題を解決してしまう、解決したと思うことではない。そういう状態に心を導くことをあえて留保することをさす。「ネガティヴ・ケイパビリティ」とは、相手の気持ちや感情に寄り添いながらも、分かった気にならない「宙づり」の状態、つまり不確かさや疑いのなかにいられる能力である。

小川公代『ケアの倫理とエンパワメント』(講談社、2021年)

「二谷さんと食べるごはんは、おいしい」

押尾さんがほほ笑んで言う。ほほ笑んでから言ったというよりは、その言葉を言うために唇を動かしたら目じりや頬も一緒に動いた、という感じのほほ笑み方だった。

「二谷さんは目の前にある食べ物の話をほとんどしないから、わたしも、これおいしいですねとか、すごいふわふわとか、いちいち言わないで済んで、おいしくても自分がおいしいって思うだけでいいっていうのが、すごくよかった。おいしいって人と共有し合うのが、自分はすごく苦手だったんだなって、思いました。苦手なだけで、周りに合わせてできてはしまうんですけど。甘いのが好きとか苦手とか、辛いのが好きとか苦手とか、食の好みってみんな細かく違って、みんなで同じものを食べても自分の舌で感じている味わいの受け取り方は絶対みんなそれぞれ違っているのに、おいしいおいしいって言い合う、あれがすごく、しんどかったんだなって、分かって。二谷さんとごはんを食べる時はそれがなかったからよかった。一人で食べてるみたいで。でもしゃべる相手はいるって感じで。[…]」

高瀬隼子『おいしいごはんが食べられますように』(講談社、2022年)

世界に素手で触れていること、その手触りを人間間の相互評価のゲームではなく、開かれた事物の生態系に関与できることで得られる場所であること、それが「庭」の条件として必要になる。これは、これまで確認してきた「庭」のふたつの条件を総合したものでもある。そして、このとき重要なのが、私たちがそこにある事物とその生態系に「かかわる」ことができても、「支配」することはできないということだ。

私たちが庭の花に手を入れたとき、たしかにその場所に関与し、変化を与えることができる。しかし私たちはその場所を、完全に支配することはできない。庭の生態系は庭の外部に常に開かれている。花の種は虫に運ばれて、次の春には私たちが予想もしなかった庭の隅に芽を出すかもしれないし、外側から飛来した見知らぬ草の種が芽吹いて丁寧に刈りこんだ芝生を台なしにしてしまうかもしれない。あるいは、どこからともなく飛来したバッタの群れが、すべてを食い荒らすかもしれない。人間には「庭」を完全に支配し、コントロールすることができないのだ。しかし、この不完全性こそがその場所を、プラットフォームの貧しさから解放するのだ。

宇野常寛『庭の話』(講談社、2024年)

「そうですね、……大祐さんの人生と混ざっていくのか、同居してるのか。──そうなると、僕たちは誰かを好きになる時、その人の何を愛してるんですかね? ……出会ってからの現在の相手に好感を抱いて、そのあと、過去まで含めてその人を愛するようになる。で、その過去が赤の他人のものだとわかったとして、二人の間の愛は?」

美涼は、それはそんなに難しくないという顔で、

「わかったってところから、また愛し直すんじゃないですか? 一回、愛したら終わりじゃなくて、長い時間の間に、何度も愛し直すでしょう? 色んなことが起きるから。」と言った。

平野啓一郎『ある男』(文藝春秋、2018年)

『むしろ逆かな』『うまく説明できるか』『分からないけど…』『自分にとって』『あたりまえの欲求が』『他人にとって』『暴力になるとしたら』どうする?、と促すように、おまえは眉毛をあげて彼女を見た。『欲求そのものを』『ガマンしようなんて』『自分を過信しすぎてる』『いつか自分本位に』『タガを外して』『誰かを傷付ける』『だから大切なのは』『欲望そのものが』『消滅するまで』『範囲を設定すること』『そう思う』。おまえは言葉を止めて、体を捻った。そして指を使って砂に漢字で、域、と一文字だけ書いた。『この漢字の意味は』『ゲームのフィールドとか』『フットサルのコートとか』『ボクシングのリングみたいな』『そういう意味なんだけど』『俺はこれを』『探してる』『ここは自分にとって』『そういう域だ』『不謹慎かもしれないけど』『君や彼らが』『延々とデートして』『喧嘩したり』『全力で競ってるのが』『すごく落ち着くんだ』。

安堂ホセ『DTOPIA』(河出書房新社、2024年)