The shoulders of Giants
友達
「二谷さんと食べるごはんは、おいしい」
押尾さんがほほ笑んで言う。ほほ笑んでから言ったというよりは、その言葉を言うために唇を動かしたら目じりや頬も一緒に動いた、という感じのほほ笑み方だった。
「二谷さんは目の前にある食べ物の話をほとんどしないから、わたしも、これおいしいですねとか、すごいふわふわとか、いちいち言わないで済んで、おいしくても自分がおいしいって思うだけでいいっていうのが、すごくよかった。おいしいって人と共有し合うのが、自分はすごく苦手だったんだなって、思いました。苦手なだけで、周りに合わせてできてはしまうんですけど。甘いのが好きとか苦手とか、辛いのが好きとか苦手とか、食の好みってみんな細かく違って、みんなで同じものを食べても自分の舌で感じている味わいの受け取り方は絶対みんなそれぞれ違っているのに、おいしいおいしいって言い合う、あれがすごく、しんどかったんだなって、分かって。二谷さんとごはんを食べる時はそれがなかったからよかった。一人で食べてるみたいで。でもしゃべる相手はいるって感じで。[…]」
(高瀬隼子、2022『おいしいごはんが食べられますように』講談社)
「あなたに何が分かるのよ。進学だって就職だって何一つ上手くいかなかったくせに。友達なんか一人もいないくせに。そうやって、何もしないことで、怠惰に暮らすことで、私を責めているんでしょ? いい加減、立ち直りなさいよ。ちゃんと生きなさいよ。あなたが惨めったらしい姿で家の周りをうろちょろするから、私はいつまで経っても高校時代から先に進めないんじゃないの!」
「加害者が被害者に言う台詞じゃないなあ、それ」
とくに傷ついた様子もなく、圭子はふふふ、と笑ってみせた。
「進学も就職も、なんでも努力して上手くやってきたあんたにも、友達がいないのは不思議だね」
栄利子がエレベーターに乗ろうと歩き出そうとしたその時、圭子は優しい口調でこう言った。
「つまりさ、頑張ってもどうにか出来るもんじゃないんだよ。友達だけはさ」
(柚木麻子、2015『ナイルパーチの女子会』文藝春秋)
「可哀想だけど、あんたがどんなにあがいても、もうあの夜は取り戻せないんだよ。おひょうさんはもうあんたと違う場所に立って、違うものを見ている」
栄利子は手すりからずるずると体をすべらせ、そのまま床にうずくまった。それでも、圭子はしゃべるのをやめようとしない。
「思い出は思い出として大切にとっておけばいいじゃない。たとえ幻だったとしても、楽しい時間を一瞬でも過ごせたんだから、それでいいじゃない。私には確認しようもないけど、もし、本当にその瞬間、あんたたちの心が通い合っていたとしたら、その夜は宝石みたいなもんなんじゃない? 取り戻せないからこそ、大切な時間だよ。それなのに、あんたはその奇跡に感謝しようともしない。あってしかるべき状態と決めつけている。相手にあれと同じものをもっとくれ、としつこく要求するのはやめなさいよ」
(柚木麻子、2015『ナイルパーチの女子会』文藝春秋)
友を選ばば 書を読みて
六分の侠気 四分の熱
(与謝野鉄幹、1901『鉄幹子』「人を恋ふる歌」)