何処か遠くの、自分にはまったく馴染みのない国で作られた作物を食べるということ。それは、その作物を育んだ土地の歴史を肉体の一部として所有することです。こういう言い方がロマンチック過ぎるのであるならば、少なくともその地の一定の時間的経過を物質の形で摂取することだと言い換えてもいいでしょう。その作物を育んだ土が提供する栄養は、そもそもの地質と、気象条件と、そこで起こった様々なこと(戦場であったこともあれば、荒野であったこともあるでしょうし、その後に耕され、肥料を与えられたことも含めて)とが複雑に影響しあった結果です。
(平野啓一郎、2006『文明の憂鬱』新潮社)