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高円寺駅のガード下で、ケースケくんとケバブを食べながら路上ライブを見た。


「すず佳」という女性が歌う「いいんだぜ」という曲がよかった。なんというか、擦り切れた生活から滲み出てきたような優しさが詰まっていた。

いいんだぜ いいんだぜ
いいんだぜ いいんだぜ
君がドメクラでも ドチンバでも
小児マヒでも どんなカタワでも

いいんだぜ いいんだぜ
いいんだぜ いいんだぜ
君が鬱病で 分裂で
脅迫観念症で どんなキチガイでも

いいんだぜ いいんだぜ
いいんだぜ いいんだぜ
君がクラミジアで ヘルペスで
梅毒で エイズでも おれはやってやるぜ
なでてあげる なめてあげる
ブチ込んでやるぜ

いいんだぜ いいんだぜ

すず佳さんは相当酔っていて、ほとんどヤケクソのように歌っていたのだが、それがまためちゃくちゃよかった。酔っ払ってこの曲を歌うなら、高円寺のガード下よりいいステージはないだろう!

曲を歌う前の流れからして「カバー曲なんだろうな」と思っていて、帰ってきて調べたら「作詞・作曲:中島らも」だった。ちょうど数日前に『今夜、すべてのバーで』を読んだばかりだったので、妙な縁を感じる。

夜、高円寺駅に着くと、台湾から遊びに来ているエリアルから「ラーメンを食べたい」と連絡が入ったので、北口のロータリーで待ち合わせることに。

エリアルを待つ間、ロータリーでキガさんというチリ人と出会い、何故か意気投合して一緒にシャボン玉を飛ばして遊ぶというピースな時間を過ごす。

キガさんが『HUNTER×HUNTER』の暗黒大陸編をスペイン語訳で読んでいると言うので、「ほんまかいな」と思って少し突っ込んだ質問をしてみると、僕なんかより遥かに内容の理解が深くて(というか僕は暗黒大陸編について何も理解していないのだが)ただただ脱帽した。完全に侮っていた。非礼を詫び、自分に無自覚な偏見があることを反省する。


エリアルと合流して「どんなラーメンが食べたいの?」と尋ねると、絶賛『ちいかわ』にハマっている彼女は目を輝かせながら、

『郎』が食べてみたいです」

と、不穏なリクエストを口にする。

試しに別のラーメン屋を候補に挙げて煙に巻こうとしたが、エリアルのキラキラした眼差しには抗えず、腹を括って南口の「らーめん大」へと向かうことにした。思いがけず二郎系に駆け込む土曜日の24時半。しびれる。

着丼。御多分に洩れず普通サイズでもかなりの量で、モデルのようにスリムなエリアルは食べきれないのではないかとハラハラしたが、まったくの杞憂だった。エリアルは箸を止めず、山盛りの野菜も麺もペロリと平らげてしまった。またしても侮っていた。申し訳ない。

僕は感心しつつ、店のおっちゃんに「彼女は台湾から来たのだ」という話をすると、おっちゃんは嬉しそうに目を細めていた。エリアルもなんだか誇らしそうだった。ニンニクと醤油の匂いが充満する狭い店内に、あたたかい満足感が漂っていた。


夜風の吹く帰り道、「初めての二郎はどうだった?」と聞いてみると、エリアルは晴れやかな顔で、

「疲れました」

と笑っていた。

久しぶりに、納期の迫った仕事をひとつも抱えずに迎えた金曜の夜だ。(もしこれを読んでいる人で、僕に何かを依頼している方がいたらごめんなさい。見なかったことにしてください。)

あまりの開放感に浮かれてしまい、夕方から新宿を歩いて目についた雀荘に入って東風戦を四回打った。それから高円寺まで戻り、中華屋「福来門」(南口の方)で上海炒麺を平らげ、餃子をつつきながら深夜までダラダラと居座る。

何か新しい活字を頭に入れる気になれず、あてもなく Kindle ライブラリをスクロールしていると、昔何かのセールで買ったまま放置していた中島らもの『今夜、すべてのバーで』が目に留まった。いまやすっかり酒客としての生活からは遠ざかってしまったけれど、今夜の気分にはちょうどいい。

読み始めてすぐに、アルコール依存症で特別病棟に入院している主人公(中島らも)の年齢が三十五歳だと知り、思わず腰を抜かした。こいつ僕より若いのかよ。

以前この本を読んだのは、確か中学生か高校生の頃だ。少なくとも僕がまだ酒の味を知らなかった頃のはずで、恐らく二十年以上も前のことだと思う。当時は「とんでもなく破天荒なオッサンの話」として面白がっていたはずなのに、今や「まだ若いのに、こんなところまでいってしまったのか……」と、作中に登場する医師や看護士たちと全く同じ目線で痛々しく感慨に耽ってしまった。歳を重ねるにつれ、この手の不意打ちを食らうことが多い。

夜、高円寺駅北口のロータリーに「フリー哲学」と書かれた看板を出してる男性がいた。

彼の前には小太りの明らかな酔っ払いのオッチャンが立っていて、フリー哲学の人はそのオッチャンの話に大きく頷きながらめちゃくちゃ丁寧に話を聞いているようだった。というか、フリー哲学などと書いてあるからそれは辛うじて「傾聴の姿勢」に見えたものの、看板がなければ気のよさそうな人が酔っ払いに絡まれているようにしか見えなかっただろう。

看板の脇には「自由に読んでください」的な本が並べられており、覗き込んでみると、少し気になっていた本屋メガホンの『ケアをクィアする』が置かれていた。僕は酔っ払いに絡まれないように細心の注意を払いながらにじり寄っていき「これ、読んでいいすか」と声をかけてみたのだった。が、なんやかんやあって気づけば酔っ払いのおっちゃんも含めて僕たち三人は一時間もその場で話し込んでしまった。


別れ際、フリー哲学の人こと青木さんから『Open Be-in 運動』と題された ZINE をもらった。そしていま向かいのデニーズに入り、ドリンクを飲みながらページをめくっているのだが、ちょっとその内容に圧倒されてしまっている。

ここに書かれているのは、青木さんがなぜ路上に立ち「フリー哲学」なんてものを始めるに至ったのかという、剥き出しで切実な生の告白だ。

43歳、非正規雇用の極貧生活、孤独。中年になってアートを商品として売る才能もなく、かといって趣味と割り切ることもできない。葛藤の果てに青木さんが行き着いたのは、表現活動を「政治化=社会運動化」することだった。そうして表現という行為そのものを社会の中に無理やりにでも位置づけ、この生きづらい世界で己のアートを生き残らせるための試みを行なっているのだという。

かつてブルーハーツの狂おしいステージやビート文学に救われた青木さんにとって、表現とは個人の最も奥深い部分を曝け出す「切実な自己解放」そのものだった。けれど、今の社会には本当の自分を開示し、本音を受け止めてもらえる場が圧倒的に足りない。だからこそ、青木さんは自分の足で路上に立ち続けたり、こうした ZINE を作ったりしている。

ページには、青木さんが日常のあらゆる隙間に仕掛けようとしている、驚くほど具体的で泥臭い実践のアイデアがびっしりと並んでいる。それらはどれも、効率や生産性を求める社会の中で孤独に押し込められ、声を失ってしまった人々の「存在」と「声」を取り戻すための切実な抵抗の希望のように見えた。

『葬送のフリーレン』アニメ2期のOPが出た。Mrs. GREEN APPLEの『lulu.』という曲なのだが、これがめちゃくちゃいい。痺れた。

これまで僕はミセスについて、「流行っているがよくわからん」という感想で、ミセスが好きだという友人に対しても釣れない態度を取っていたと思うが、本当に申し訳なかった。これを聴いて海よりも深く反省した。許してくれ。

一般論として「ミセスはタイアップ曲がよいのだ」という説はよく聞くし、年末の団地忘年会でもTaiTanが「ミセスは原作解釈力が高い」という評を述べていた(確かTaiTanだった気がする。違ったらごめんなさい)。今回、その言葉の意味がようくわかった。

1番ではフリーレンの人生観に決定的な影響を与えた勇者ヒンメルの冒険に対する価値観が歌われ、それが2番にかけて遺されたフリーレンの心情へとシームレスに続いていく。サビとして繰り返される「帰りたい場所がある」というフレーズは、立場が違う二人に共鳴する心情であり、この言葉が楽曲全体を貫くことで、二人の想いの重なりを表現する構造になっている。

『葬送のフリーレン』の物語構造は、ヒンメルにとっての「残す」という行為と、フリーレンにとっての「残ってしまう」という経験の非対称性にある。ヒンメルにとってはすでに確信として獲得されていたものが、フリーレンにとっては時間を経て初めて感情として立ち上がる。作中ではこのズレが繰り返し描かれてきた。このOPは、その構造を単にそのまま持ってくるのではなく、楽曲という異なる形式の中で再構成することができている。(単に物語のあらすじを要約して歌っただけのYOASOBI『勇者』とは大違いだ。)

もちろん、歌詞だけでなく楽曲もいい。アニメOPというよりむしろEDを思わせるようなトーンなのだが、それがなかなかハマっていると感じた。こういう本来物語の余韻を受け止めるための楽曲をあえてOPに持ち込むという方法は、ことフリーレンに関しては作品性と噛み合っていてとてもいいと思う。

セブンス・ベガ『君とParadiso』


このMVのファッションとメイクのバランスが新しく感じるのだけれど、女性のメイクのことがわからないのでうまく言葉にできない。服装だけを切り取れば、COCOLULUが流行っていた頃のサーフ系ファッションのようだが、その一方でメイクは明らかに今っぽい。どこがどう今っぽいのか全然説明できないけれど……。こういうの説明してくれるチャンネルがあったら教えてほしい。

Kアリーナ横浜が世界のアリーナ観客動員数で1位に(ENCOUNT)

  • Kアリーナ横浜が、米音楽業界誌 Pollstar による世界アリーナ観客動員ランキングで世界1位を記録した。

  • 2024年11月〜2025年11月の集計期間における動員数は約205万人で、前年首位だったマディソン・スクエア・ガーデンを上回った。

  • 音楽ライブに特化した設計や高い音響評価が背景にあり、日本発のアリーナが世界的な存在感を示す結果となった。