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いまインスタ見てたら「chelmico活動停止」って投稿が表示されて「え!?」と思った瞬間にアプリが落ちて眼の前が真っ暗になった感がすごかった

Cursorへの課金が、いよいよもって止まらない。

これまでは、月額60ドルの「Pro+」プランをベースに、足りなくなったら都度払いするという小市民的スタイルで凌いできた。しかし、現実は非情である。10ドル、また10ドルと積み重なる課金も、AIの計算資源の前では焼け石に水であった。そして今日、今週四度目となる「You've hit your usage limit」のアラートが画面に表示されたとき、嗚呼、これが年貢の納め時というものか、と僕は静かにまぶたを閉じ、「Ultra」プランへのアップデートボタンを押し込んだのであった。

月額200ドル。 今のレートならざっと32,000円。繰り返すが、毎月である。十年少し前にAdobeが月額課金になったとき、月5,000円という金額で騒いでいたのが懐かしい。デザインツールならまだしも、テキストエディタに毎月三万円を払うことになるなんて、あの頃には考えられなかっただろう。

明日からはもやしを食べてコードを書こうと思う。

数日前、Xのタイムラインに「酒を飲み過ぎたおかげで天皇陛下からレスを頂戴した話」という記事が流れてきた。これがとても面白い文章だったので、すぐにその書き手である長瀬ほのかの『わざわざ書くほどのことだ』という本をポチっておいた。

そして昨日、朝ごはん屋で玉米蛋餅をかじりながら何となく読みはじめたのだが、どのエピソードも面白すぎてそのまま一気に読み終えてしまった。その後、何人かの友人に推薦図書の連絡をすると、さっそく翌日の今日、内野功太郎から「読んだよ」と返信が来た。彼とLINEでやり取りをするうちに考えたことを、ここに書き留めておこうと思う。


僕は、子どもの頃からエッセイが好きだった。自分の読書遍歴を振り返れば、体感ではあるけれど、その半分はエッセイと雑誌で占められているはずだ。(なんと偏った読書体験だろうか。)

十代の頃に好んで読んでいたのは、椎名誠、山口瞳、伊集院静、景山民夫、つかこうへい、といった作家たちだった。こうして並べてみると、圧倒的に「大人の男性」の世界である。それも、組織や社会の枠からはみ出したところで、自分なりの美学や勝手さを貫いて生きているような、いわば無頼派的な空気に惹かれていたのだと思う。女性作家といえば、群ようこや西原理恵子(これは漫画か)を手に取るくらいだった。これもほぼ似たようなものである。

それが、どういうわけか三十歳を過ぎたあたりから、同世代の女性作家が書くものを積極的に読むようになった。最近の僕が好んで手に取るのは、藤岡みなみや小原晩といった作家たちの言葉だ。

藤岡みなみは僕の一つ上の年齢で、まさに同世代である。彼女が大学時代に出演していた『キャンパスナイトフジ』も観ていたので、あの時代の空気の中で一緒に大学生をやっていた人なのだ、という印象も強い。小原晩は僕より七つ下だから、「同世代」と呼ぶには少し離れているかもしれないが、まあいいだろう。少なくともその筆致に触れたとき、僕の中では同じ時代を歩いている感覚が確かにある。

今回読んだ長瀬ほのかも、年齢は僕の一つ上だった。本の中に出てくる話も、『どうぶつ奇想天外!』や公文の思い出、セーラームーンの人形の話など、まさに自分と同じ景色を見ながら生きてきたことが分かるエピソードばかりだった。


さて、どうして僕はこういった作家たちの言葉を好むようになったのか。その理由は、僕が彼女たちの文章の中に、もう疎遠になってしまった女友達の息づかいを感じているからではないかと思う。

高校、大学、あるいは二十代にかけて、深夜のファミレスでドリンクバーをおかわりしながら、あるいは大学近くの誰かの家で甲類の焼酎とコンビニのワインを飲みながら、一晩中話し合った友人たち。人間関係の悩み、不透明な進路、恋人のこと、無限にも思える選択肢の中から何を選び取るかという、あてのない思索。価値観というにはあまりに未完成な、お互いの自意識を差し出し合うような時間を共にした友人たち。

いつの間にか、彼女たちは結婚したり、母になったりして、僕とは日常的には交わらない時間を生きている。あんなに言葉を交わしていたのに、夜通し膝を突き合わせて話す機会なんて、もう永遠に訪れないのだろう。そこに切実な喪失感があるわけではないけれど、ふとした瞬間に、あの時間が実はどれほど贅沢で尊いものだったかを噛み締めてしまうことがある。

藤岡みなみや小原晩、そして長瀬ほのかのエッセイを読んでいると、「もし、いま三十六歳になった僕たちがあの頃のような時間を過ごしたなら、きっとこんな話をするんだろうな」と思えてくるのだ。

他人から見れば取るに足らない、けれど自分にとっては切実な出来事。その「ままならなさ」を、彼女たちはそれぞれの感覚で丁寧に言葉に変えていく。その世界の切り取り方に触れていると、まるであの頃の友人たちが、いま目の前でとりとめもない話をしてくれているかのような気持ちになる。そんな再会にも似た感覚が、いまの僕にはちょうどいいやすらぎになっているのだと思う。

台湾に来てから一週間。身体にいくつかの変化が現れはじめている。

【主な症状】

  • 指先のささくれ(3日目 夜〜)

  • 頭皮の乾燥と痒み(4日目 朝〜)

  • 顔にニキビ(5日目 朝〜)

【考えらえる原因】

食生活の変化。生野菜不足と油の過剰摂取が顕著だ。小吃店を中心の食生活をしているのだが、毎朝の蛋餅に加え、ここ三日は麻油鶏を連投している(うめえ)。さらに、街を歩けば香りに誘われ、衝動的に買い食いをしてしまう。栄養バランスだけでなく、食事のタイミングが崩れているのもよくないのかもしれない。口腔内のpHが酸性に傾いている時間も増えているので、歯の健康にも影響があると思う。

ビタミン剤を飲んでいない。日本では毎日飲んでいたのだが、持参し忘れた。そもそも気休め程度と思ってナメていたのだが、実は結構効果があったのかもしれない。ファンケルよ申し訳ない。台北で似たようなものを探してみよう。

湯船に入らない。これは大きい気がする。かつて僕はシャワーのみの生活をしていて、その頃は肌トラブルが多かったのだが、高円寺へ引っ越して近所の銭湯に通うようになり、肌質が劇的に改善した。台湾に来て再び湯船に浸かる習慣が失われた途端にこれである。お肌はデリケートだ。

やや睡眠不足。就寝時間は日本にいる時と変わらないが、仕事の開始を日本の同僚に合わせるため、時差の関係で起床が1時間早まっている。5時間睡眠が4時間になるのは、わずか1時間の差とはいえ20%の減少だ。また、この一年ほど習慣化していた昼食後30分程度の睡眠が、いろいろあってこの一週間は取れていない。そして、食後に茶を飲む習慣があり、その量が日本より圧倒的に多い。カフェインの過剰摂取のせいか、寝付きが悪いような気がする。

最近、ユーシュエンの家の近くに「罕多咖啡」という理想的なカフェを発見した。夜ご飯を食べ終わった20時くらいから閉店時間の23時半まで、ここで作業するのが日課になっている。

これまで、夜の府中駅付近でWi-Fiと電源を確保しようと思うと、選択肢はスターバックス一択だった。しかし、この辺りのスタバは21時に閉まってしまう。作業が勢いに乗ってきたところで追い出されてしまうことが多々あり、かといってその時間から台北市内に移動するのも億劫で、仕方なくユーシュエンの家に戻って回線の細いテザリングで作業をしていた。

そんな折、偶然通りがかった道で見つけたのがこの「罕多咖啡」だった。

広々とした座席に安定したWi-Fiと電源があり、作業環境としては申し分ない。スタッフの対応もつかず離れずで心地よく、行き交う客層もどこか洗練されていて、なんだか全体的に漂う空気感が心地いい。

そんな店内の上質な空気に当てられ、今夜の僕は「テラス席でMacBookを広げる外国人デザイナー」という役柄を担うことにしたのだが、これが大間違いであった。

この辺りは今日、真冬だというのに日中の最高気温が27度を記録した。どうやら、近所のボウフラたちが一斉に孵化の時を迎えたらしい。オシャレな外国人デザイナーも、産声をあげたばかりの彼らにとってはただの肉である。ふと見渡すと、店内は満席。テラス席で悦に浸っているのは、僕一人だった。

逃げ場を失った僕は、この新しい命の強烈な生への執着を、いま全身で受け止めている。

UboatとのLINE。昨夜書いた『プロジェクト・ヘイル・メアリー』の感想文を推敲して送る。やりとりの中で、やはり話題に上ったのは後半の大味な展開についてだ。Uboatから、「ヘイル・メアリー」がアメフト用語で「起死回生を狙ったダメ元のロングパス」を指すと教わる。


浅井とのLINE。育児に励む父親の気苦労が聞けて楽しい。僕の友人は世代的な影響もあってか、主体的に育児に関わる男性が多いが、その中でも浅井は、日々の迷いを切り捨てず、一つひとつをすくい上げて言葉に定着させる力がずば抜けている。生身の当事者として悩み、思考し続ける言葉には瑞々しさがある。


内野功太郎とのLINE。やりとりによって、Chooningを運営する中で考えているメディア論や収益モデルの採用理由を言葉にすることができた。広告モデルを採用するというプラットフォームの選択が、SNSを他者評価やバズへの渇望へと誘導し、純粋な音楽体験の言語化を阻害しているという問題意識。そして、そのゲームルールから脱却するために、主な収益源をメンバーシップモデルとし、プラットフォームはその期待に応えるという関係性の中で言論空間を統治するべき、など。

Uboatに薦められてた、アンディ・ウィアーの『プロジェクト・ヘイル・メアリー』を読み終えた。

台湾に来る飛行機の中で読みはじめて、この二日間は作業の合間(=AIがプロンプトに従ってコードを吐いている待ち時間)にちょこちょこ読み進めていたのだが、今朝下巻に入ってから急激に面白くなって止められなくなってしまった。

仕事をするつもりで四十分かけて中山のカフェまで出てきたのに、結局一度もパソコンを開くことなく閉店時間を迎えた。本を読んでいるだけだったら家にいてもよかったし、もっといえば日本にいたままでもいいとすらいえる。まあそれは野暮か。「台湾にいるからやれること」を選んでやろうとするよりも、どこでもできることを、その場所でやるということに豊かさがあるのかもしれない(適当)

一月の台北は、冬であることを忘れたような強い陽射しがアスファルトを焼いている。日本の寒さから逃げてきた僕は、その気候に包まれる幸せを感じながら、ぼうっとバスを待っていた。

「おーい、そこのお兄ちゃん!」

不意に大きな声で呼びかけられた。声の主は、僕の目の前に滑り込んできた別のバスに乗り込もうとしている老婆だった。彼女の指は、彼女が買い込んだであろう荷物が縛り付けられたキャリーカートを指さしている。

早口の中国語はよく聞き取れなかったが、「帮我(=手伝って!)」というフレーズが聞こえたので、コイツをバスに運び込むのを手伝ってくれ、と言っているのだと理解する。

僕は慌てて駆け寄り、「よっこらせ」とその重荷を抱えてバスのステップを上がった。老婆が何かを早口で言う。僕が聞き取れず、すみません、もう少しゆっくり話してください、と言おうとしたとき、背後で「プシュー」という音がして、ドアが閉まってしまった。

「おいおいおい、状況を見てなかったのか? 僕が乗客なわけないだろ!?」

と思ったが、台北のバス運転手にそんな文句を言っても無駄だ。そもそも、僕にはそんなことを言える語学力もない。苦し紛れに心中で毒づいていると、バスが荒々しく動きはじめた。

台北において、最もイラついている人種はバス運転手だといわれている。彼らにとって、乗客を運ぶという行為は決して交通サービスではない。「運送業」とか「物流」といった方がしっくりくる。彼らは僕たちを乗客としてではなく、ただ効率よく運搬されるべきジャガイモか何かだと思っている節がある。

僕は諦めてポケットから悠遊カードを取り出し、精算機にタッチする。「上車!」と機械が無邪気な音声で応答し、僕が意図せぬ運命に乗り込んだことを告げた。電光掲示板を見上げると、初めて目にする停留所の名前が表示されている。どうやら知らない路線に乗ってしまったようだ。

腰のあたりで、先ほどの老婆が申し訳なさそうに何かをまくしたてている。

「あんた、本当は乗るつもりじゃなかったんだろう? 大丈夫かい?」おそらく、そんな意味のことを言っているのだろう。

僕は咄嗟に、「不會不會!」と返し、精一杯のスマイルを送った。

この言葉は、「ええねんええねん!」という感じのフレーズだが、この場面で使うべきものなのかどうかは怪しかった。それでも、彼女が何度も「謝謝、謝謝」と頭を下げる様子を見て、こちらの意思は伝わったのだと理解した。


バスはアトラクションのような激しい揺れを伴いながら、台北の街を駆けていく。

次の停留所で降りるのが賢明だが、特段急ぐ用事もない。もともと、どこか適当なカフェに行って仕事をしようと思っていただけだった。このまま予定を外れた勢いを活かし、雰囲気のよさそうな場所で降りてみるのも悪くない。

そう切り替えて車内を見渡すと、後方の座席に空席を見つけた。僕は老婆に軽く会釈をしてから、その席へと移動し、腰を下ろした。

最後方の座席から車内を眺めると、乗客たちは僕と老婆のやりとりなどまるで見ていなかったかのように、各々の世界に没入していた。

先ほどの老婆を見ると、すぐ近くに優先席が空いているにもかかわらず、金属製の柱を掴んで立ち続けていた。カートを必死に支えながら、猛烈な揺れに耐えている。

その背中を見ていて、ふと、七十代になった父が「電車で席を譲られることがあるけれど、この歳になると座ったり立ったりするのが億劫で、いっそ立っている方が楽なんだ」と話していたことを思い出した。


そういえば、横須賀に住む両親も数年前に車を手放し、今はバスに乗って日用品の買い出しに出かけているという話を聞いた。

もしかして、彼らもまた、あのような使い込まれたカートを引いて、スーパーに通っているのだろうか。そして、バスの段差を前に、重たい根菜や洗剤が詰まったカートを持ち上げようと苦労することがあるのだろうか。

田舎育ちで誰彼構わず話しかけるような父はさておき、他人の世話になることを極端に恐縮する母が、この台北の老婆のように、見知らぬ若者に助けを求める姿は想像がつかない。

窓の外を眺めると、色褪せた看板がひしめき合い、排気ガスに燻されたスクーターの群れが猛スピードでバスを追い抜いていく。紛れもない異国の景色だ。横須賀から遠く離れた街の激しく揺れるバスの最後尾で、見知らぬ老婆に親の姿を重ねているのは、なんだか不思議な気がした。


ガツン!と車体が跳ね上がり、頭を窓にぶつけそうになる。現実に引き戻された僕の視線の先では、老婆が依然として、何事もなかったかのように、バスの荒い揺れに耐えていた。

ふと、ああ、そうか、さっきの場面では「不會」ではなく「没事」と言えばよかったんだ、と気がついた。