
與那覇潤の論説Bistro
加藤典洋はなぜアメリカでもキャンセルされたのか
メモ: 加藤典洋『敗戦後論』を精読しなければと思って放置している。ざっくりと、左右対立にとらわれない国民全体の物語を共有することによって歴史的責任を受け入れられる共同性(国民主体)を育もうとする提案だと理解している。 これを宇野常寛は「物語を語れば語るほど分断が加速する(中心と周縁)」と批判し「そんなデカい物語がなくとも、単純な合理性と倫理観で人間は隣国への謝罪に同意できる」と説明する。宇野は「日本という国に対する思い入れはなくてもいい」とする。そんなものがなくても「ただ日本人としてこの国家の利益を受け、保証を受けている以上は、歴史に対して責任がある」とし、謝罪や賠償は「隣国と仲良くするための当然のコスト」と考える人を増やすアプローチを提案する。宇野の言葉でいうと「クレジットカードの手数料感覚で「納得」しているだけ」という状態だが、これは僕の自然な感覚とほぼ一致している。


