子どもの頃のほうが大人の今よりも自由だった人がどれくらいいるだろうか。扶養されていたぶん、労働せずに済んだという意味で自由だった人はいるだろうけど、代わりに多くの義務を背負わされていたはずだ。
私が大人だなぁと思うのは、その種の義務全般から自由であるような人である。たとえば仕事をほっぽり出して失踪しちゃうような人は「大人〜」って感じる。もちろん、学校をほっぽりだして失踪しちゃう子どもにも「大人〜」と思う。
「大人=無責任」という単純な話ではない。義務のたぐいがあるということを理解していて、その上で、そんなのはゲームのルールに過ぎない、とわかっている人──心の底からはゲームを信じていない人──が大人だと感じる。遊びに心から没頭するのは子どもっぽい。だから、大人は責任や義務からも醒めていなければならない。
(品田遊、2022『キリンに雷が落ちてどうする 少し考える日々』朝日新聞出版)