The shoulders of Giants
大人/子ども
「二谷さんは、ごはんを食べるのが面倒で、でも食べなきゃいけないのが、嫌なんですか?」
尋ねて見つめる、二谷さんの目の奥が暗い。「それの周辺も含めて嫌い」と、二谷さんが答えた。 この人を分かりたいという気持ちと、その日のままでいてほしいという気持ちの両方がある。周辺って? と続けて尋ねる。
「ごはん面倒くさいって言うと、なんか幼稚だと思われるような気がしない? おいしいって言ってなんでも食べる人の方が、大人として、人間として成熟してるって見なされるように思う」
(高瀬隼子、2022『おいしいごはんが食べられますように』講談社)
「もっとちゃんとしなきゃいけないな」
円佳に、というよりも自分に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
「どゆこと?」
「いや、だからよくわかんないけどちゃんと健康診断とかがあって、ちゃんと保険とかがあるっていうか、とにかくもっとちゃんとしたところに行かなくちゃいけねえなってことよ」
「なにそれ」、と円佳は笑った。
サクマは笑わなかった。結構真面目にそういう風に、半ば本気で思っていたからだ。サクマにとっては保険とか扶養とか、見るだけで言葉の意味と音とが空中分解するような単語を使いこなせることが大人になったりちゃんとしたりすることなんだ、と考えていた。二十年先三十年先を常に見通せるようになることが多分ちゃんとするということだ。
(砂川文次、2023『ブラックボックス』講談社)
自分の小説に冠ができることを喜ぶ気持ちより、受賞したことで、それまで自分なりにエッジが立った気持ちで書いてきた小説が鋭さを失ってしまうのではないかという不安の方が、ずっとずっと強かった。「大人が薦める本」の一つになどなってたまるか、という意地があった。
(辻村深月、2015『図書室で暮らしたい』講談社)
サプライズのために消してくれていたハロゲンライトが再び点灯し、引率者たちの顔が夜の山に浮かび上がった。こちらに向けられている笑顔をまじまじと見てみたが、全員驚くほど馴染みがない。曲がりなりにも今日1日を一緒に過ごした仲だというのに。怒られなくて済んだし、こんな私のためにケーキを用意してくれたのも嬉しいけれど、一度しかない19歳の誕生日を全然知らない人と過ごしているなぁ、としみじみ思ったのを覚えている。こういうのが、大人の世界なのかもしれない、とも。
(藤岡みなみ、2022『パンダのうんこはいい匂い』左右社)