The shoulders of Giants
同性愛
かつての尚成は、理由が差し込まれる隙間がないほど確定的に、自分は同性愛個体だとバレてはいけない、特に学校関係者や家族には絶対に知られてはならないと思い込んでいました。
それはなぜか。
決して、自分が周りの個体と違うことそれ自体を恐れていたからではありません。その事実を以て当時所属していた主な共同体側から、均衡、維持、拡大、発展、成長を阻害する個体として認定されることを恐れていたからです。
それはなぜか。
共同体が目指すものを阻害する存在だと認定されることは、ヒトの場合、共同体側から〝悪〟とみなされること、つまり共同体から追放される可能性を高めることだからです。
(朝井リョウ、2024『生殖記』小学館)
尚成の場合、学校の友達が蔑むことや気持ち悪がること、家族が地域や国家にとって悪とみなしていることに同意している時間は即ち、自分自身を蔑み気持ち悪がり、悪とみなす時間そのものでした。振り返ってみればあくまで共同体の庇護なしでは生き延びられない期間をやり過ごすための擬態だったわけですが、もちろん当時はそんなふうに割り切れておらず、この時間は永遠に続くのだと思っていました。擬態はこうして、尚成という個体を十八年間生き延びさせたあと、それと全く同じ方法で、尚成という個体の感覚を十八年分殺したのでした。
(朝井リョウ、2024『生殖記』小学館)
「要するに、同性愛者を『気持ち悪い』なんて言う人間は、頭の中で、同性愛者の体と過剰に一体化して、男同士でキスしたりするところを想像するからなんだよ。だから、そういう連中は、誰かがスゴい婆さんとつきあってるって聞いても、やっぱり『気持ち悪い』って言うよ。人の勝手だって、思えないんだよ。これはさ、AVを見てるとわかるんだ。性に関しては、人間は、簡単に他人をアバター化するから。俺はさ、中年のオッサンのアソコをじっと見つめてろなんて言われても、まあ、絶対にイヤだね。だけど、AVで女優と絡んでる時には、嬉々として凝視してるんだよ。その関係性に入り込んで、その男優の体と一体化して。」
(平野啓一郎、2021『本心』文藝春秋)
「異性の性器に性的な関心があるのは、どうして自然なことなんですか」
寺井検事、と、越川の声が聞こえる。
「ひとりの異性に何十年も性的に興奮し続けることは、誰かにこうして取り調べられることがないくらい自然なことなんですか」
(朝井リョウ、2021『正欲』新潮社)