2024-06-06
台湾地下鉄暴漢事件と勇者ヒンメルの魔法
台湾の地下鉄で刃物を持った男に立ち向かった青年の勇気ある行動と、そのインタビューが大きな話題となっている。青年は恐怖に直面しながらも、漫画・アニメ『葬送のフリーレン』の登場人物「勇者ヒンメル」を思い出し、「勇者ヒンメルならそうするだろう」と自分を奮い立たせたと語ったのだ。
中捷纏鬥1分鐘「度秒如年」 長髮哥的勇氣來自動畫「芙莉蓮」(聯合新聞網)
この「勇者ヒンメルなら〜」という台詞は、作中において、ヒンメルの仲間たちが行動の理由を問われたときに必ず口にする言葉である。人々の優しさや勇気、利他的な行動を説明する際に使われるものだ。
『葬送のフリーレン』は、勇者ヒンメルたちと共に魔王討伐の旅を終えたエルフのフリーレンが、仲間たちが老い、亡くなった後も長寿種がゆえに生き続け、彼らの想いが受け継がれていく様子を見守る物語である。
フリーレンは、かつてヒンメルと旅をしていたとき、彼が行く先々の村で小さな頼みごとを快く引き受けたり、困っている人を助けたりする姿に疑問を抱いていた。それは魔王討伐という目的に対して明らかな寄り道に見えたからだ。膨れっ面をするフリーレンに対して、ヒンメルは微笑みながらシンプルな哲学を語る。「ほんの少しでいい。誰かの人生を変えてあげればいい。きっとそれだけで十分なんだ。」ヒンメルはいつか自分の想いが理解され、世界を変えることを信じていた。
勇者ヒンメルは、魔王討伐という大義だけでなく、人々のために尽くすことを生き方とした。彼の死後もその想いは受け継がれ、様々な形で人々の心に息づいている。「継承」はこの作品における大きなテーマだが、ここで描かれるのは、組織の制度や社会の仕組みによって執り行われる継承ではない。むしろ、魔法を管理する協会が時代ごとに入れ替わったり、かつて魔法使いの証明であった「聖杖の証」がただの首飾りとして扱われるようになるなど、システムは「脆いもの」として示される。対照的に強調されるのはヒンメルのような「想いに基づいた行動」であり、それは時に人々の命を救い、社会を変える力を持つ。台湾で起きた事件も、ヒンメルの想いが次元を超え、現実の人々の心さえも動かしたことを象徴している。
『葬送のフリーレン』の中で、僕が最も好きな言葉は「イメージできないものは魔法では実現できない」というものだ。魔法とは技術であり、知識や鍛錬によって習得するものである。ただし、その魔法で起こそうとすることを具体的にイメージすることができなければ、魔法を行使することはできない。この仕組みについては「魔法とはイメージの世界」「術者がイメージできない魔法は使えない」などと繰り返し説明されており、例えば、花畑を出す魔法を使うときには、目の前の地表が花いっぱいで埋め尽くされる姿を想像することができなければできない。僕はこれを、想像力の重要性とその可能性を語った、現実世界にも通じる至言として受け止めている。
ヒンメルは魔法使いでこそなかったが、「よりよい世界をつくる」ということについては誰よりも具体的なイメージを持っていた。そして願いを込めながら、そのイメージを自ら体現し続けたのだ。それはまさに魔法となり、僕たちの日々に大きな勇気を与えてくれている。